人気企画“食のプロの履歴書”シリーズ。春のショートケーキに続いて、今回フォーカスするのはモンブラン。選者は同じく、元『エル・ア・ターブル』編集部でフリーエディターの河合知子さんと、『料理通信』の君島佐和子さん。思い出と食ツウならではのエピソードとともに、ストーリーのあるモンブランをそれぞれ3回にわけて、計6回更新でお届けします。

〈モンブランの履歴書〉
エディター河合知子さん編/Vol.3 番外編

滋味深い栗の味とやさしい甘さが楽しめる、素材が上質でシンプルなお菓子にシフト中

雑誌『エル・ア・ターブル』の編集部を離れ、30代半ばにフリーランスになりました。在宅仕事が多くなったのも手伝ってか、ひとりで完食しても胃が疲れない、優しい味のモンブランが好きになりました(年のせいもある!?)。

 

今回改めて、私の「モンブランの履歴書」を思い直して感じたのは、この数年特に、パティシエの方々の、素材へのアプローチが柔軟になっているということです。フランスの名店で修業をしたからといって、そのままの味を再現しないし、和栗のモンブランだからといって、過剰に和風にするわけでもない。素材を見極めて、自分の好きな味を自由に生み出していることを、モンブランというケーキを通して実感しました。

 

ですので、最終回は「モンブラン」にとらわれず、「栗スイーツ」という視点からおすすめしたい一品を選びました。上述のような流れを感じることができるはずです。

私の“栗スイーツ史”に変革をもたらした逸品

NOAKE「和栗のテリーヌ」

ハーフサイズ4,320円。フルサイズ8,640円。1cut/617円。10月頭〜3月中旬頃までの販売。日持ちは約10日。通信販売も行っている。

 

河合さんが、毎年秋になると、欠かさず食べているのがNOAKEの「和栗のテリーヌ」。
「あれは私にとって『大事件』」でした。和栗なのに、めちゃくちゃ濃厚。口に入れると甘やかな香りが漂い、和栗のおいしさがしっかり広がる、鮮烈な味。『栗が大好きな人のためのお菓子』とパティシエールの田中さんがおっしゃるように、ケークの形をしていますが、丸ごと栗を食べているような気持ちになれます」

 

河合さんが「和栗のテリーヌ」に驚いたように、実は田中シェフも、この和栗との出会いは衝撃的だった。「初めてこの栗を食べたのは、このお店を始める10年ほど前の2002年ごろ。蒸した栗のように加工してある九州産の栗で、味の濃さ、香り、食感など、すべてに惹かれました。そこからちゃんとその栗の味がするケーキをと試行錯誤し、何度も試作を重ね、やっと8年前(2010年)くらいに満足のできるケーキが完成したんです」(田中シェフ)。そうしてやっと仕上がった理想の味だが、その年によって栗の味に変化があるため、栗のできに合わせて毎年、小麦粉、卵、和三盆などを、再検討しているのだそう。

 

生地の三分の一ほどの量の、練った和栗を混ぜ込んでいるので、口当たりはしっとりまろやか。和三盆もほんの少ししか使用しておらず、優しい甘さもすべて和栗のもの。中に入っているホールの栗、イタリア北部ピエモンテ州産のマローニ(イガの中に1〜2個しか入っていない貴重なもの)が、さらに栗の豊かな風味を強めている。

 

「子どもと一緒に食べるとき、『これはしっかりと濃厚な味だから、薄く切って少しだけにしようね』と約束して、1cmくらいの薄切りにしているのですが、誘惑に負けてまた1cm切って食べ、栗が出てくるまでとまた切って食べ……(笑)。ほうじ茶や紅茶などの温かい飲み物と、『和栗のテリーヌ』をいただく秋のおやつタイムは、なんとも平和で幸せ。もしかすると、我が子にとっては、NOAKEの『和栗のテリーヌ』が栗のお菓子の原体験。私にとっての『ガトーめぐろ』(第一回参照)のモンブランのような存在になるのかも知れません」

取材班が見つけた、「あ、これもください」

1cut/410円

 

素材の魅力を最大限に引き出すための、創意工夫が詰まったケーキ

左「あずきともち粉」右「キャラメルバナーヌ」

「あずきともち粉」は、和菓子店に卸している小豆問屋で見つけた、北海道産の小粒あずきとの出会いから生まれたケーキ。田中さんは、食べた瞬間に「これでお菓子が作りたい!」と感じたのだそう。砂糖少なめで塩をきかせてじっくりと煮込んだあずきは、ふんわりとしたもち粉の生地に、味と食感でいいアクセントをつけている。

 

屋台をしていた時、最初に作ったケーキの一つが「キャラメルバナーヌ」。材料の中で一番多くバナナを使用していて、田中さん曰く、まるで「バナナを召し上がっていただくようなケーキ」。食べ応えも十分だ。キャラメルで煮込んでトロトロにしたバナナを生地に混ぜ込み、火を入れていないバナナを上の飾りにしているので、味と食感の両方でしっかりと素材の味を楽しめる。また、食べていると甘いバナナの香りが鼻に抜けていき、とても優しい気持ちにもしてくれる。

SHOP DATA

食材にインスピレーションを得たスイーツが勢揃い

店舗があるのは、浅草の観音裏。写真右にある、商品を置いている台は、実は屋台。2009年に初めて屋台販売をしたときのものだそう。ボンボンキャラメルなど、可愛らしいお菓子が並ぶ。イートインも可。

 

「新しいお菓子を作る時は、『和栗のテリーヌ』のときは和栗、『あずきともち粉』のときはあずきと、いつも気になる食材が先にあって、“それを使って何かできないかな”と思いながらレシピを考えています」と田中さん。自分がおいしいと感じた食材の味だからこそ、その味を最大限引き出すお菓子を作りたいのだそう。「お菓子を口に入れたときに、何を食べているのかがちゃんとわかって、その上で“おいしい!”と思ってもらえるお菓子を作っていきたいですね」

CHEF’s PROFILE

田中伸江(たなか・のぶえ)

洋菓子の会社で商品開発の仕事をしながら製菓学校に通い、洋菓子店のパティシエに。その後、スイス・ジュネーブのフランス料理店や菓子店、フランスのフランス料理店で修行を積む。3年後に帰国し、ベージュ アラン・デュカス東京に勤務。2009年には、お菓子とスペシャルティコーヒーの屋台販売の店「NOAKE」をスタート。2012年には、浅草に初の店舗を構える。

 

おしえてくれた人

河合知子(かわい・ともこ)
フリーランスエディター/ライター。早稲田大学卒業後、株式会社婦人画報社(現ハースト婦人画報社)入社。料理雑誌『エル・ア・ターブル』編集部にて、料理、スイーツ、ワイン等の記事を手がける。在職中に「ル・コルドン・ブルー東京校」でフランス料理と菓子を学び、ディプロム取得。2012年に独立し、食に関する記事と書籍の編集・執筆のほか、フードイベントの企画・運営も行っている。編著に『東京最高のパティスリー』(ぴあ)、『細山田デザインのまかない帖』(セブン&アイ出版)、『冷凍生地で焼き立てパン』(地球丸)など。

 

取材・文:神山典子

写真:山下みどり