2026年7月

朝「田舎そば かさい」(東京・中野)

外観

50年間通い、最低でも月に1度は行く店が1軒ある。日々新しい店を食べ歩かなくてはいけないという仕事の性格上、他にこんな店はない。だが朝の時間帯なら可能なのである。

以前は「いとう屋」と名乗っていて、おばちゃんと顔見知りになると、ほかに客がいない時は、黙ってキツネ2枚をサービスしてくれたりしていた。 

「田舎そば 並」310円、トッピングは60円〜

この店に通う理由は9つある。 

1. 最寄駅にある。
中野在住なので、交通機関は中野駅が基本である。 よく行く立ち食いそば屋の一番の条件はこれにつきる。

2. おろし生姜が置いてある。 
立ち食いそばのつゆは、町そばより濃厚なことが多い。そのため生姜を入れると、後口がさっぱりとする。特に天ぷらなどと相性がよく、夏の冷やしそばやうどんにも当然合う。
 
3. 麺が中太である。 
頼りない立ち食い麺の存在感が増して実によろしい。田舎そばと名乗る所以はここにあるのか。以前は幅が不ぞろいで、さらによかった。

4. ワカメがうまい。 
これが情けない質のものを出す店がいかに多いことか。厚みがある。また夏は、使うたびに冷蔵庫から出し入れする。ワカメに愛を感じる。

5. 小盛がある。 
麺量が2/3で二日酔いの時など最適。二日酔いで食べるなという話もあるが。

6. 具を増やすたびに10円安くなる。 
つまり2つ具を合わせると10円、天玉ワカメきつねなどの4つの組み合わせなら30円安くなる。

7. サービスがいい。 
立つとただちに水が運ばれる。セルフサービスではないのだ。水がなくなるとすぐ気付いて足してくれる。さらに僕のような「汁もう少しちょうだい」とか、「たぬきは上からかけて」などのわがままをただちに実行してくれる。

8. たぬきがいい。
単なる天カスではなく、野菜や小エビのかけらなどが入ったたぬきで食べ応えがある。冷やしたぬきを頼むと、たぬきをいったん小鉢に取り、汁を少量かけて吸わせてからそばの上にのせる。つまり味をなじませている。

9. 夏の冷やしそばは、濃い汁を上からかける「ぶっかけ」ではなく「冷かけ」である。つまり、冷たいかけそばである。


どうです。いい店でしょ。 
だからついつい通っちゃうというわけです。 

おすすめは、「たぬきわかめそば」です。

昼「イノダコーヒ 東京大丸支店」(東京駅)

江戸っ子嫁ちょこ子
看板   出典:江戸っ子嫁ちょこ子さん

京都に行かなくとも「イノダコーヒ」に行ける。それが魅力で時々出かける。京都の店とは付き合いが長く、初訪問は50年前であった。どの料理をいただいても丁寧さが伝わってきて、昔から微塵も変わっていない。

中でも、意外と知られていないのが「ヤサイミックスサラダ」であろう。僕は必ず頼み、じっくりと楽しむ。

「ヤサイミックスサラダ」1,060円

2種類のドレッシングがついてくる。白い方はアメリカで生まれた、フレンチドレッシングと呼ぶもので、酸味が利いて、甘さもある。赤い方は、ケチャップ入りのオーロラソースであろう。きりりと冷えてみずみずしい、レタス、キャベツ千切り、缶詰白アスパラ、胡瓜、トマトに、ポテサラ、パセリ、自家製マヨネーズという布陣で、これをいかに攻略するか、さまざまなやり方を試してきた。

1. まずポテサラに赤いドレッシングをかけておく。
2. トマトは白、キャベツには赤をかける。
3. 最初に食べるべきは、キンと冷えた胡瓜で、こいつを指で摘んで、先っちょにマヨネーズをつけて、齧る。
4. 次にキャベツ、トマト、ポテサラを食べ、白アスパラといこう。
5. 白アスパラは、マヨネーズをたっぷりつけてから、レモンを搾って食べるとうまい。あるいは根はマヨネーズ、先は白ドレッシングをかけてもいい。
6. 次にポテサラに戻り、マヨをつける。いわゆる追いマヨである。当然ながらうまみが増すので、勢いがつき、全部食べてしまいそうになるが、少し残しておく。
7. キャベツは次に赤をかけて食べる。
8. パセリはレモンを搾り、白を少しかけてから、ポテサラと一緒に食べる。苦みがポテサラを大人にする。
9. さあいよいよ最後になってきた。レタスの真ん中にトマトを置き、白と赤両方をかけて巻いて食べる。
10. あるいはポテサラを真ん中におき、白をたっぷりかけてから巻くのもいいだろう。

そしてイノダコーヒの良きところは、こんな変なことをしながら写真を撮っていても、誰も歯牙にも掛けないところである。

「イタリアン」1,380円

パスタ類もおすすめである。ナポリタンは「イタリアン」という名前で出されている。蓋つきの銀器の深皿に盛られて運ばれ、目の前でウエイターが蓋を取る。湯気を上げる朱色に染まった中太麺が、銀器に映えて美しい。

食べればなんとも丸い味わいで、ほんのりとした甘みと酸味がうまさの中に生きている。具で特筆すべきはピーマンと同幅に切られたハムだろう。香り、塩気、甘みと申し分なしの上質な味わいが広がり、玉ねぎとピーマン、マッシュルームの炒め方も精妙で、一点の曇りもなきナポリタンである。

「ボルセナ」1,380円

クリーム風味の「ボナセラ」もいい。ハムと玉ねぎ、マッシュルームとパスタがクリームにまみれ、早く食べろと誘ってくる。まろやかさの中に少しだけお下品を隠した味わいに、顔はほころび、フォークを持つ手が加速する。途中で粉チーズをかけて混ぜ、適時胡椒やタバスコをかけては、味の変化を楽しむのもたまらない。

「ハムトースト」1,110円

サンドイッチ類も、おすすめである。僕のお気に入りは、ハムトーストで、均一に焦げ目がついた美しいトーストに、ハムときゅうりが挟まれて登場する。さあこれをどうやって食べようか。

1. トーストが厚めなので、少し潰して食べる。
2. ハムがおいしいので、ハムを舌側にして食べると良い。
3. しかし三口に一回は、胡瓜舌側で変奏を楽しむ。
4. マヨネーズが薄いので、フレンチドレッシングをもらい、皿に垂らし、漬けながらたべる。うまい。
5. 添えたポテサラにドレッシングをからめ、挟み、さらなる変奏も楽しもう。
6. コーヒーは、半分位食べた段階(5分後)に持って来てもらう。

このほか、昼のランチセットのカレーピラフと鶏の唐揚げや、たっぷり粉糖が振られた「フレンチトースト」もいいぞ。

夜「loom幡ヶ谷」(東京・幡ヶ谷)

外観
外観   写真:お店から

「いったいどこに店はあるのだろう?」。Googleマップを見ながら迷いに迷う。場所は目の前のビルを指しているが、ない。もしかするとと思い、ビルの中を進むと、奥に路地が現れ、店があった。隠れ家である。

店に入るとターンテーブルがあり、にこやかに店主が出迎えた。「おいしいものが大好きです」オーラが滲んでいる。まずクラフトビールと「ワカモレ」を頼む。

「ワカモレ」800円

「エチレンガスを吹きかけた、完熟アボカドが手に入ったんで」。店主はそう言って作りはじめた。ワカモレが作り置きではない。それがうれしかった。ではタコスを頼もう。

「ココナッツチキンキーマタコスをください」。珍しいレジェノ(詰め物)である。インド料理ではないか。

「ココナッツチキンキーマタコス」700円

「どんなキーマですか?」と聞けば「フェンネルと黒胡椒をココナッツミルクで温め、それをキーマのカレーに入れた物です。牧元さん、僕スパイスカフェで働いていたんです」という。顔バレしていた。いや一度会ったことがあるらしい。

彼はおもむろにトルティーヤを作りはじめた。生地を練ってプレスで潰し、鉄版で焼く。コーンの甘い香りが漂ってきて、思わずメスカルを頼む。メスカルはライムとチャットマサラを添えて出された。チャットマサラの少し硫黄香がするスパイシーな塩味を舐めながらライムを齧り、メスカルを飲む。

刺激的で、ああ、たまらない。

キーマとトルティーヤの相性も、メキシコとインドは兄弟だったのね、と言いたくなるほど自然であった。

「レッドポークタコス」700円

「レッドポーク」のタコスも追加した。アンドラ州で食べられるカレーをベースにしたとのことで、青マンゴーのアチャールを混ぜて作るのだという。

辛い。辛いが味が丸い。トルティーヤと見事に馴染んでいる。もう止まらない。

食欲がさらに刺激されて「グリーンココナッツポークスペシャルビリヤニ」を頼む。登場して、目を見張った。白、茶、黄色のまだら模様が、本格ビリヤニであることを語っている。ホールスパイスが見え隠れしている点も、米が細長く一粒一粒が独立している点も、新鮮なハーブやオニオンをトッピングしてある点も、本格ビリヤニの証である。

「グリーンココナッツポークスペシャルビリヤニ」2,200円

作り方を彼は説明してくれた。「ココナッツとパクチーの根っこを入れています。本場だとライタを添えますが、あえてメキシコのサルサを添えました。豚肉ですが、豚バラは焼いて入れ、豚かしらは圧力鍋で炊いて混ぜ、コラーゲンのうまみをグレービーに加えてみました」

いい。すごくいい。さまざまな食感が弾み、一見単純なようで、味に深みと複雑さがある。

ワンオペながら、さまざまな仕込みをし、多彩な料理を作っている。料理を作るのが大好きな、愛すべき変態だな。

教えてくれた人

マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付け役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。

※価格は税込です。

文・写真:マッキー牧元