〈食べログ3.5以下のうまい店〉

グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回はフードパブリストの高橋綾子さんが、2024年にオープンした高円寺のアジアンビストロを紹介。

アジアとヨーロッパが融合したタイ北部の田舎町「パーイ」をイメージした「p.i stand」

巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー!
食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下。

食べログでは口コミを独自の方法で集計して採点されるため、口コミ数が少なかったり、新しくオープンしたお店だったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり得るのです。
点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

入りやすいカジュアルな雰囲気

高円寺駅から徒歩5分ほど歩いた先にある「p.i stand(ピーアイスタンド)」。大きなガラスドアで中の様子がわかるせいか、地元の人たちが気軽に立ち寄り、店はいつも賑わいを見せています。

カウンター7席と2人用テーブル席が2つ

ラタンを多用した温もりを感じさせる店内にはたくさんのスパイスやオリジナルドリンクに使用する自家製シロップが並びます。オープンキッチンでスタッフとの距離が近く、気軽に話しかけてくれるので初めてでもおひとり様でもまるで友人と一緒にいるかのようにくつろげます。

店主の森脇さん

店主は森脇翔平さん。専門学校を卒業後は日本料理店へ。その後は世界各国の料理をエッセンスにしたイタリア料理店、魚介専門のイタリア料理店で修業。時間を作っては海外へ行き、現地の料理を体験しているうちに“ジャンルレスな料理”に興味が芽生えたのだそう。

料理のコンセプトは“アジアンビストロ”

「どのジャンルも作れるのが強みです!」

「世界各地をバックパックで旅しましたが、タイが気に入って4〜5回訪れました。特に好きなのがタイ北部のパーイです。パーイはかなりの田舎町ですが観光客は欧米人が多く、アジアとヨーロッパが融合していて、なんだかすごく自由なところがいいなと思いました。高円寺の町も似たような雰囲気を感じたので、パーイをイメージしてこの店を作りました」と森脇さん。

現地で調達したスパイスがずらりと並ぶ

パーイで印象的だった料理を尋ねると「一番はバンコクでは見かけなかった『カオソーイ』です。あとは『ラープサラダ』『グリーンカレー』『トムヤムクン』ですね。現地で食べた舌の記憶から自分なりのアレンジを加えてメニュー作りをしています」と話します。

森脇さんの料理らしさがあると、プレゼントされたレシピ本がバイブル

こちらで振る舞われるのはパーイで食べた料理をベースにさまざまな国の料理を学んだ経験と知識を活かしたオリジナル。師匠は自分の舌、だからこそ他にはない型破りな食材の組み合わせや絶妙な五味のバランスに行き着いたと言えるでしょう。そんな森脇さんの食の記憶から生まれた料理に誰もが引きつけられるのです。

高橋綾子のおすすめ4品

ピーナッツの香りがそそる「塩鴨といちじくのパクチーサラダ」

「塩鴨といちじくのパクチーサラダ」(1,600円)

鴨といちじくの下にはピーナッツとアーモンドで作った甘めのソースを敷いています。低温で火入れした鴨はしっとり&やわらかく、脂もクリアな味わい。ピーナッツの香り高いソースは鴨といちじくという鉄板の組み合わせに「こうきたか!」と新たな感性で驚かせます。

盛り付けはシンプルに美しく!
 

高橋綾子さん

それぞれのポテンシャルが高いのですが、鴨といちじくを一緒に食べたり、ソースを絡ませたり、パクチーでリセットしたりすることでさらにおいしくなる。この皿の上にあるものをどう組み合わせて食べてもおいしくなるように五味のバランス、食感の強弱を計算しているのがすごい!

いちじくの甘さが際立つ

やみつき覚悟の絶品料理「炙り〆鯖とサンバルポテサラ withえびせん」

「炙り〆鯖とサンバルポテサラ withえびせん」(2p 650円)

現地にはない完全オリジナルの料理であるこちら。アジア料理は耳慣れない食材や料理名が多いのでメニューを見て想像がつくものを作ってみようと考案したそう。「誰もが知っている炙り〆鯖とポテサラですが、出てきたら見たことない!って驚いて、さらに食べてみたら馴染みはあるけど一味違うと好きになってもらえるように、和のテイストでありながら『ナシゴレン』や『ミーゴレン』に使う現地のサンバルソースにしてみました」と森脇さん。

味、食感、前代未聞のおいしさ!
 

高橋綾子さん

旨×辛のソースとライムの清涼感が〆鯖とポテサラを繋ぐ名脇役! 〆鯖とポテサラは完全に日本の味ですが、サンバルソースがアジア料理だと主張します。えびせんにのせて食感を楽しませる演出もニクい!

和食の定番料理がアジア料理に様変わり「鯵フライ 青唐辛子とハーブのサルサ」

「鯵フライ 青唐辛子とハーブのサルサ」(1,400円)

手のひらサイズの大きなアジフライの上にはミント、パクチー、九条葱、豆もやしがどっさり。添えたのはキュウリと玉ねぎと叩いた焼き茄子に青唐辛子を加えたピリ辛ソース。「パクチーが苦手な人が入っていることに気づかず、これなら食べられると人気のメニューです」と言うように、さまざまな味が融合することで昇華する、この店ならではのアジフライです。

食材をおいしくするために手間をかける
 

高橋綾子さん

アジフライの身はふっくら、衣はサックサクでアジフライ好きも認める仕上がりですが、これはぜひハーブに豆もやし、そして青唐辛子ソースと一緒に食べてほしい。辛いというよりは清涼感がプラスされ、揚げ物なのに後味がスッキリ!

蓄積したセンスが開花した未だかつてない「ムール貝と江戸前ハーブのフォー」

「ムール貝と江戸前ハーブのフォー」(1,600円)

「あご、鶏ガラ、香味野菜、数種類のスパイスとハーブを入れて2日間煮込んで取った出汁に、最後にムール貝の塩味で味を調整し、ナンプラーで風味をつけています」と、聞いているだけでワクワクが止まらないスープ。色で想像するとあっさり味かと思いきや、一口頬張った瞬間に何層もの豊かな味わいが次々と広がる複雑妙味のスープです。

新潟白色米の生米粉麺
 

高橋綾子さん

こんなフォーは今まで食べたことがありません。ムール貝の出汁ってこんなにふくよかなのかと改めて知りました。ライムが良い仕事をしていて、少しずつ酸味が浸透して食べ終わる頃にはライムが主役の味わいになっていました。麺は舌触りがツルッツルで食べるとモチッとしています。江戸前ハーブは食感も濃厚な味も他の薬味では出せません。この具材にこのスープにこの麺! この器の中に入っているものすべてに意味があり、そのバランスも完璧に計算されているのです。

オリジナルドリンクもデザートも見逃せない!

ノンアル派も楽しめます

ドリンクの種類が豊富なのも魅力的です。クラフトビール、ハウスワイン、自家製ジンジャーハイボール、クラフトジンにクラフト酒を使った日本酒カクテルなど市場に出回っていないものが揃います。さらに森脇さんがアジアの食材と日本の食材を掛け合わせて考案したシロップで作る「クラフト アジアン割り」(600円〜)が人気の的です。一番人気はアジアの香りと慣れ親しんだ生姜の味わいをミックスした「コブみかんの葉×生姜サワー」(600円)。どれも甘みの要素を少しだけ入れることで飲みやすくしています。

「カヌレ」(350円〜)

忘れてはならないのがこちらの「カヌレ」。プレーンだけでなく「台湾ジャスミン」や「キャロットケーキ」など月替わりで味が変わります。外はカリッと、中はとろりん加減が他にはない仕上がり。おまけに「えっ?」と思う大きめサイズで手土産にも喜ばれます。

ロゴもかわいい!

「料理もドリンクも頭の中では試行錯誤しますが、試作はほぼ1回で完成します。現地のスパイスや調味料は、“確かに現地の味がする”程度に使っているのでアジア料理の入り口として楽しんでいただけたら」と言うように、現地と日本の食材の掛け合わせが森脇さんの根幹となっています。そのバランス感覚と味わいのセンスは他に類を見ません。アットホームな雰囲気と新感覚のアジア料理に今夜も賑やかな声が聞こえてきます。

教えてくれた人

高橋綾子

フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレスとして従事した中で肥えた“食”へのこだわりは、その後の素晴らしい人々との出会いと相まっていつしか人生そのものに。その間に培った食のデータと人脈を武器に“喜ばれるレストラン”の発掘に勤しむ日々。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。

食べログマガジンで紹介したお店を動画で配信中!
https://www.instagram.com/tabelog/

※価格は全て税込。
文:高橋綾子 撮影:溝口智彦