【おいしいパンのある町へ】

Vol.18 東京・八王子「Boulangerie Parire(ブーランジェリー パリール)」

前回の「Due Tre(ドゥエ トゥレ)」に続き、人気パン店が多く点在する八王子エリアへ。今回訪れるのは、八王子みなみ野駅から徒歩約5分の場所にある「parire(パリール)」。近年、人口が急増している新興タウンにオープンして15年。駅前に大型商業施設ができてからも客足が遠のくどころか増え続け、午後3時にはほとんどが売り切れてしまうこともしばしば。

オリーブの樹などの草花が青々と茂る店先に到着すると、まるで突然、パリ郊外へと迷い込んだような気分に。香ばしいパンの香りが溢れるドアを開けると、ガラスケースに並ぶ美しいパンがずらり。郊外では珍しく、対面式でパンを提供するスタイルに、またも意表をつかれる。

目標は“いい街に欠かせない、いいパン屋”

カウンターで出迎えてくれたのは、秋田県出身のオーナーシェフ・桜庭一仁さん。就職を機に上京し、店舗兼住宅がある八王子は奥様の出身地なのだそう。「フランスでは、“いいパン屋がある街はいい街”だと言われています。自分の店が街の顔になれるような、新しい街がいいな、と思いこの地を選びました。今でこそ栄えていますが、15年前は駅前一帯が野原でしたからね(笑)」。当初は住宅街に店を構えていたが朝が早い仕事柄、住居兼用にしたいと考えていたところ、現在の物件を発見。7年前に移転した。

小さい頃から、パンが無類の好物だったという桜庭さん。物心がついたころからパン屋になることを夢見ていたそう。「でも成長するにつれて、現実的じゃないな、と感じたんだと思います。諦めてサラリーマンの道を選びました。でも上京して約6年が経ったあたりから、“このままでいいのか?”と自問自答するように。心の奥底で、パン屋になる夢が諦めきれていなかったんですね。失敗してもいいじゃないか、とチャレンジを決心しました」

お客さんの「おいしい」の一言で、疲れが吹き飛ぶ

そして、当時住んでいた所沢市の個人店での修行をスタートさせる。「パン作りどころか、飲食店での仕事も初めてだったので。最初の1年は“しんどい”の一言でした。でもお客さんから“おいしい!”と言っていただけるだけで不思議と、疲れが吹き飛んだ。その気持ちは、今も変わりません」

6年間で、4店舗での経験を積んだ桜庭さん。なかでも最も影響を受けたのが、横浜のいわずと知れた名店「ベッカライ 徳多朗」だと語る。「以前からここのパンの大ファンで、わざわざ八王子から通っていたほど。店の佇まいや対面式の接客などが、当時はとても新鮮で。自分の理想に重なり、ぜひ働かせて欲しいと自ら頼み込みました」。その後30歳で独立を決意し、「parire」をオープンする。

“自分らしいパン”を見失った時期を乗り越えて

自らのスタイルを確立してオープンに挑んだものの、いざ独立すると、不安はつきもの。同業者のアドバイスを素直に取り入れるうち、自分が理想としていたパン屋像からどんどん離れていってしまったそう。「ドーナッツが流行ればドーナッツを、カレーパンが流行ればカレーパンを、と、流行りに翻弄される日々。また、売り切れてはダメだ、とひたすらパンを作り続けるうち、心身ともに疲弊してしまったんです」

八王子産の全粒粉を使用した生地にイタリア産のマロングラッセ、くるみをたっぷりとミックス。マロンナッツ(314円)

 

クリームパンやあんパンなどの定番商品は外さない代わりに、生地をブリオッシュに変えてアレンジ。八王子産の全粒粉を使用したハード系のスイーツパンなども加え、ひとつひとつの質を上げつつ、数量は減らす方針にした。「前の店では量産するために無茶を重ね、味の質が落ちていたので。初めは“あの商品はもうないの?”と聞かれることも多かったのですが、新しい味を受け入れてくださって。ハード系も最初は抵抗があったようですが、今では売れ筋商品に。ありがたい気持ちでいっぱいです」

 

「自分がおいしいと感じる」をモットーにした、丁寧で丹精な仕事が光る、桜庭さんのパン。店を訪れる際には予約をしておきたい、マストイートな人気商品をご紹介。

ザクッ、モチッのコントラストがくせになる「ロデヴ・ノア」

「ロデヴとは、フランス南部にある小さな街の名称。加水量が多い生地を、高温のオーブンで一気に膨らませて焼き上げるのが、この地方のパンの特徴です。天然酵母とイーストを混ぜ合わせることで、みずみずしい生地にコシを加えています」

 

驚くのは、横幅25cmほどのビッグサイズ! 「パンは大きければ大きいほど、水分の抜けが少なくなり、もっちりと仕上がるんです。この味わいがベストなので小さいサイズは作っておらず、代わりに、半分にカットしたハーフサイズを提供しています」。具材なしのプレーン、レーズン入り、くるみ入りなどを、日替わりで扱う。

 

カットにも力を要する外側は、ザクっとした歯ごたえのあと、口いっぱいに香ばしさが広がる。中の生地はみずみずしく、弾力のあるもっちり感。程よい酸味があり、クリーミーなバターと相性抜群。(ホール735円、ハーフ368円)

ビターなチョコクリームがたっぷり!サクッと香ばしい「クローネ」

「前の店で提供していたチョココロネを、クロワッサン生地でアレンジした商品。生地は発酵を軽くし、薄く伸ばすことで、サクサク感を強調したのがポイントです。この食感を味わって欲しいので、クリームも注文を受けてから詰めています」

 

自家製クリームは、フランス産のチョコレートを使用。「ほんのりビターで、大人な味わいに。とくに女性人気が高いのですが、お子様にも好評です」。なめらかな口どけのクリームは、甘さ控えめでペロリと食べられてしまう。こんがりと焼かれたアーモンドダイスの香ばしさが、チョコの風味をさらに引き立てる。(260円)

バターの風味が口いっぱいに広がる、しっとりスコーン

50〜60種類のパンのなかでも、常に売り上げ上位にランクイン。「国産小麦で、しっとりと仕上げています。生地を仕込む際に気をつけているのが、バターを溶かさないようにすること。さらに一晩冷蔵してから焼いて、バターの風味を引き立てています」

 

「バナナココナッツ」、「シナモン&リンゴ」、「チョコミント」、「プレーン」というラインナップで、1番人気がこの「塩キャラメルアーモンド」。ブルターニュ産の塩を使ったキャラメルが気に入って、スコーンに採用したとか。生地にたっぷりと練りこまれたキャラメルはしつこくなく、ほどよい塩味がアクセントに。バターが染み込んだ生地はほんのり甘く、やさしい味わい。(227円)

濃厚な小麦の風味とクリームチーズがベストマッチ!「クランベリーブラン」

「石臼挽き粉、国産小麦、ライ麦粉など、5種類をブレンドし、自家製天然酵母でゆっくり発酵させます。生地にドライクランベリー&レーズンをたっぷりと練り込みました。長時間発酵で寝かせている間にドライフルーツが生地の水分を吸い込み、絶妙な歯ごたえに」と、桜庭さん。

 

仕上げは、クリームチーズが生地からはみ出るように成形。クリームチーズそのものに焦げ目がつき、香ばしさがアップ。薄くスライスすれば、ワインのお供にも最適。(292円)

 

さらに2018年4月、「parire」の姉妹店で、ジェラート&サンドイッチ専門店の「313 trois un trois」をリニューアルオープン。ハード系のパンやクロワッサンを使った本格サンドイッチ約12種類のほか、前のオーナー直伝の手作りジェラートも販売。イートインスペースもあり、ランチに最適。「parire」から徒歩2分ほどで、はしごする人も多いとか。

ジェラートは常時8種類のフレーバーがラインナップ。写真手前はピーチ、奥はほうじ茶。2種盛りも可能。(250円)

 

桜庭さんに聞く、八王子みなみ野の一押しグルメ

個人経営店同士のつながりを大切にし、地元の店をこよなく愛する桜庭さん。新しい店が続々と出現している八王子みなみ野で、とくにお気に入りだという2店を教えてもらった。

研究熱心なシェフによる、本場の味に感動!「レストラン レジェ」

「ランチもディナーもコースのみに徹底している、本格フレンチのお店。毎年フランスに足を運び、本場の味を更新し続けているシェフの熱意が素敵です。ここのパテ・ド・カンパーニュが、とくにお気に入り」

味噌づくしのメニューが新鮮な洋食店「ことり亭」

「普通の洋食店と一線を画すのが、全メニューに味噌を使っているところ。日本各地の味噌を、うまく洋食に取り入れています。スープカレーをリピートしすぎて、最近では頼まなくても出てくるように(笑)。味噌ベースのやさしい味わいに、ホッとします」

撮影:小野広幸

取材・文:中西彩乃