【噂の新店】「sanka」
中野といえば、日本初の商業施設として開業以来、60年近い歴史を持つサブカルチャーのサンクチュアリ「中野ブロードウェイ」がまず頭に浮かぶ。さらには、居酒屋やラーメン店などがひしめき合う横丁等々。古き良き昭和の雑多な匂いを色濃く残す一方で、中野サンプラザをはじめとする再開発の振興と、新旧相入れ合うこの街に、ある意味で異色のレストランが、2025年7月27日にオープンした。

その名は「sanka」。中野駅南口に程近い通称“中野レンガ坂”にさりげない佇まいを見せる完全予約制のガストロノミーだ。コース15,000円、ペアリング8,000円のイノヴェーティヴ系レストランは、この中野界隈にあっては、稀有な一軒といってもいいだろう。

厨房に立つのは古澤英夫シェフだ。「オーグー ドゥ ジュール」(現在は閉店)など、東京のフランス料理店で基礎を学んだ後、2001年に渡仏。南仏をはじめ、アルザスの三つ星レストラン「ランスブール」、ブルゴーニュの二つ星レストランで合計7年を過ごす。店では主に肉やソースを担当し、休日はワイナリーを訪れて作業を手伝う生活を送っていたそうで、その後、都内のレストランで研鑽を重ね「sanka」のシェフに就任。

店の外には店名を記した看板はなく、ガラス越しに見える大きな太陽(或いは年輪)を思わせる丸く大きな円形のオブジェ。店のコンセプトの一つでもある“循環”を象徴しているのだとか。

中に入れば、その奥にオープンキッチンのカウンターが現れる。レンガ坂にちなみ、レンガ色を基調とした内装は落ちついた雰囲気。大人のディナーを楽しませてくれそうだ。席数は9席。当面は18時スタートの一回転のプレミアムシートとなっている。

取材時のコースの最初は「枝豆」と題された一皿。文字通り見た目も枝豆一色。枝豆で作った松ぼっくりのような愛らしいフォルムに思わずほっこり。緊張感が解きほぐされていくようだ。中には同じく枝豆で作ったムースを忍ばせてあり、口にすれば、香ばしく風味豊かな枝豆の香りが鼻腔を抜ける。この香りこそ古澤シェフが常に心がけている料理の重要な要素。店名の「sanka」も、“三つの香り——三香(サンカ)”の意味なのだそうで、古澤シェフによれば「香りをただ五感で感じるものとして受け止めるだけでなく、記憶と時間の一つの姿と捉え、見つめています」とのこと。

一皿から立ち上る香気——そこには素材の風味やソースの奥行きが混然となって漂いあい、さらにはワインの余韻も折り重なって、これら三つの香りが美味の記憶を脳裡に刻み込む。この余韻と記憶に残る味こそが古澤シェフの目指すものなのだろう。

スペシャリテの「じゃがいも」も、土の香りを皿にのせた一皿だ。古澤シェフがこう語る。「フランス料理にじゃがいもは欠かせない存在ですが(レストランメニューでは)主菜の付け合わせ的な立ち位置のことが多い。なので、じゃがいもを主役にしたスペシャリテを創りたいと思ったんです」

シェフ渾身の一皿は、3種のじゃがいもだけで構成されている。まず一つはフランス原産の黄色いじゃがいもで栗のような甘みのある“サッシー”。2つ目は、なめらかな食感とホクホク感を合わせ持ち濃厚なうまみのある“マチルダ”。そして3つ目は、紫色をしたネットリ系の“シャドークイーン”で、それぞれ、マッシュ・カット・ヴィシソワーズと持ち味に合わせて異なる手法で調理し、一つにまとめあげている。さらに皮もパウダーにして最後に振りかけ、余すことなく使い切ることでじゃがいもの持つ大地の味と香りを表現している。今後も形は変えつつも、じゃがいもをテーマにした一皿は創り続けていくそうだ。

魚料理は「魚と冬瓜」。取材日の魚は“幸神(コウジン)メヌケ”で、北海道の海で獲れる深海魚。釣り上げる際に、水圧によって目が飛び出るため“目抜け”の名がある。インパクトのある見た目と光沢を帯びた鮮やかな紅色の魚体から“幸神”と名付けられたそうで、縁起が良いと珍重されている高級魚だ。脂がのっていながらもくどさはなく、上品なうまみが人気の所以。

古澤シェフは、これをオーブンでしっとりと焼きあげ、冬瓜と共に提供。脂ののったメヌケのうまみを邪魔せぬよう、バターや生クリームはあえて使わず、あさりだしのソースでさっぱりと仕上げ、アクセントにルバーブを添えている。輪島塗りの漆器に盛り付けるセンスも粋。やや和よりのテイストによく似合う。

さて、コースのオーラス・肉のメインは「夏蝦夷鹿とビーツ」。青い野草や新芽を食べて育った夏の蝦夷鹿は脂肪が少ない分、みずみずしくジューシーな赤身肉が持ち味の一つ。古澤シェフは“食材の持ち味を生かしたい”との思いからシンプルに鹿のフォンベースのソースとビーツのピュレのみで提供。何を食ベたかがしっかり心に残る味を目指している。

メインの後に出されたのは、チーズとアヴァンデセールの合体とも言える“チーズのかき氷”。これが逸品。ブルーチーズという癖のあるチーズを使いながら、その香りだけを巧みに生かし、パッションフルーツと見事な調和をみせている。まずは百聞は一見にしかず。自分の舌でぜひお試しあれ。ちなみにコースはデザートまで含めて全8品。ペアリングは、シャンパーニュにはじまりワインが5種類(計6グラス)。工夫を凝らしたノンアルコールペアリング(6,000円)もある。
※価格はすべて税込
※記事内で紹介しているコースは2025年8月下旬時点の内容です


