【噂の新店】「天々蕎々 うめ庵」

あの天ぷらの名店「てんぷら みかわ」出身の職人が独立した!と耳にして、早速訪れたのがここ。今年3月にオープンした「天々蕎々 うめ庵」だ。場所は湯島。以前「妻恋坂 けい吾」があった場所といえば、お分かりのそば通もきっと多いことだろう。

2025年3月、湯島の地で開店した「天々蕎々 うめ庵」

「てんぷら みかわ」のご主人・早乙女哲哉氏の下で約8年、研鑚を積んだ実力派と聞けば、生粋の天ぷら店と思うのは理の当然。事実、そう思って訪れるゲストも多いようで「皆さん、ウチを天ぷら店と思ってお見えになるんです。でも、うちは、そば屋でもあるんです」と意表を突く一言はご主人の梅澤崇さん。聞けば、独学ながらそば打ち歴はなんと三十数年の大ベテラン。小学生の頃からそばを打ち始めたというから、既に熟練の域である。

そば打ちデビューはなんと10歳という、生粋のそば好きでもある梅澤さんが打つ渾身のそば

「10歳の時、家族旅行で奥会津の宿場町大内宿の民宿に泊まったんです」と語り始めた梅澤さん。会津といえば、言わずと知れたそば処。民宿の親父さんもそば打ち名人だったようで、宿泊客に手打ちそばを披露。それを見ていた梅澤さん、「面白そうで自分も打ってみたいと言ったんですが、子供には無理とにべもなく言われたことに、俄然闘志が湧いたんです」という流れから、帰宅後早速そば打ちに挑戦。家族の協力も得て、そば打ちの道具を一つ一つそろえていったという。

「誕生日のプレゼントやクリスマスプレゼントなどに麺棒や(そばの)こま板、包丁などを買ってもらったりしてました。その頃には、年越しそばも僕が打っていましたね」というから、なかなか早熟した小学生だったようだ。

店主の梅澤崇さん

かくしてそばは、ほぼ無手勝流でマスター。本を読んだり、そばの名店を食べ歩いたりしてスキルアップしていったそうだが、あくまでもそば打ちは趣味の範囲。バイトとして幾つかのそば店で働いたことはあったものの、それを生業としようと思うことはなかった。というのも、20代の頃は音楽活動にのめり込んでいたから。だが、先の見通しがはっきりしないまま30歳を迎え、将来を見つめ直した時、自分が何に向いているのか今一度振り返り「元々自分は料理を作るのが好きだったんだと気がついたんです。そばもその一つでした」。

そば打ち少年からミュージシャンを経て、天ぷら職人への道を進んだ経歴も頼もしい

そんな折、たまたまTVで知ったのが名店「てんぷら みかわ」のご主人早乙女哲哉氏。言わずと知れた天ぷらの達人である。「世の中には凄い人がいるもんだなぁ、と思っていたら、妹は既に何度か(『てんぷら みかわ』)に食べに行っていて……。それなら、僕も一緒に連れて行ってよ、ということになったんです」。これが、人生の転機となる。「別次元のおいしさでした」と早乙女氏の揚げる天ぷらにいたく感動した梅澤さん。すぐさま弟子入りを決め「みかわ 是山居」に配属されることとなった。35歳にして歩み始めた天ぷら職人への道。まさに遅咲きの桜といったところだろう。

店内にはL字形のカウンター席があり、向かいには茶室がある

最初は魚をおろすなど、天だねの下ごしらえから始まる修業の日々。「親方(早乙女氏)は、何も言わずに見ているだけ。無言のプレッシャーというか、かえってその方が怖かったですね」。休憩時間や閉店後、余った天だねを使って“揚げ”の練習を繰り返し、休日には自宅で自主練と地道な努力を続けた甲斐もあって、次第に上達していった梅澤さん。それを見た早乙女氏もあれこれと指導してくれるようになったとか。「まぁ、言っていいレベルにまでなったってことなんでしょうね」と当時を振り返る。

“天ぷらの神様”とも呼ばれる「てんぷら みかわ」の店主・早乙女哲哉氏のお墨付きの天ぷら

そして8年間研鑽を積み、晴れて免許皆伝の免状を拝受。今年3月、44歳にして湯島に清楚な佇まいの店を構えた。“天々蕎々”と名付けたように、梅澤さん的には天ぷらもそばも同等に力を入れたいと考えている。それゆえ、天ぷらがメインのコース16,500円と、そばメインのコース12,000円の2種類を用意。どちらのコースにも天ぷらとそばは入るものの、天ぷらコースは天ぷら約12品と文字通り天ぷらづくし。〆の天丼や天茶の代わりに天ぷらそばとせいろが出る。

一方、そばコースは、天ぷらを含むそば前が数品と天ぷらコースと同じく〆にそばが2種の構成。どちらも魅力的だが、今回は、そばメインのコースを紹介することにしよう。

コースで味わえる、そば前にぴったりなおつまみ2種

まず、菜の花のお浸しなど季節野菜のお浸しが出された後、そばがき、焼き味噌、鰊の棒煮に自家製豆腐といかにもそば屋らしいつまみが続く。中でも梅澤さん渾身の一品が「眠豆腐」と名付けた自家製豆腐。大豆から作る手間暇かけた本格派だ。聞けば、神田にあるそばの名店「眠庵」の自家製豆腐の大ファンだったという梅澤さん。どうしても同じものを自分の店でも出したくて、「眠庵」店主の柳澤宙さんに懇願したのだとか。

快諾した柳澤さんから手解きを受け、大豆は甘みが強く風味の良い長野の“ナカセンナリ”を使用。一晩水に漬けた大豆を水と共に遠心分離式のジューサーに入れて汁を作り、その後、湯煎し、90度まで上がったところで湯から外す。そして75度になった時点でにがりを打つというのが、柳澤流の豆腐の作り方。

「眠庵」店主の柳澤さん直伝の自家製豆腐「眠豆腐」

「ポイントは、にがりを打つ際の瞬間技です」と、梅澤さん。どこか豆感を残した滑らかすぎない滑らかさが、求めるおいしさなのだとか。口にすれば、とろりと口当たりは限りなくクリーミー。滑らかな豆腐が舌に広がると共に、大豆の甘みと香りが豊かに膨らんでいく。そして、後に残る余韻と舌触りは、確かに“豆”を感じさせる。まずはそのまま、何も付けずに味わいたい。

香ばしい味わいの「焼き味噌」

また、湯浅醤油で知られる和歌山「丸新本家」の味噌をべースに、そばの実、紫蘇、柚子、ネギ等々を混ぜた焼き味噌も、酒のアテにぴったりと好評の一品。隠し味に加えた才巻海老の足の素揚げが、香ばしさを一層引き立てている。

「穴子」

そば前が一通り出たところで、いよいよ天ぷらの出番となる。最初に天ぷら定番の才巻海老とその頭が2本分ずつ出た後に、アスパラガスや椎茸などの野菜が2種に穴子の5品。これがスタンダードな内容だ。サクッと軽やかな衣に包まれた海老は甘みを引きだすべくやや半生程度に揚げ、穴子はカリッとしっかり揚げ切るなど素材に合わせて緩急を付けた揚げ加減も見事。

「芝海老の筏揚げ」

中でも珍しいのは、芝海老を3尾並べて串に刺し、揚げた「芝海老の筏揚げ」。 芝海老の状態によって提供できない場合もあるそうで、出合えたらラッキーな逸品だ。江戸時代から続く古い仕事の一つでもあり、串刺しになった形が筏に似ていることからこの名があるとか。かき揚げとはまた一味違うサクサクとした軽やかな食感と優しい甘みが後を引く。

江戸前の仕事を感じる逸品

ちなみに筏揚げが入る場合は野菜を一品減らすそうで、天ぷらコースでは追加リクエストとしても提供。揚げ油は、三重県九鬼産業株式会社の純正胡麻油に綿実油をブレンドして使用している。

温かい「天ぷらそば」

〆は、もちろんお待ちかねのそば。冷、温、両方を少しずつ味わえるのもそば好きにはうれしい配慮。そばは十割。故郷福島県会津産「会津のかおり」や会津在来種を中心に、栃木県益子の「常陸秋そば」や福井県「大野在来そば」などを打ち分けている。

天ぷらとかけ汁、そばのうまみが混ざり合った味わい豊かな一杯

最初に出されたのは、温かなかけ汁に芝海老のかき揚げが浮かぶ天ぷらそば。羅臼昆布にあご、サバ節、ソウダガツオでとっただしをべースに薄口醤油とみりん、日本酒を合わせたかえしを加えたかけ汁は淡麗ながら味わい豊か。複雑に溶け合ううまみが舌に深い余韻を残し、喉越し滑らかなそばと呼応する。

「せいろ」

続くせいろそばはキリリと歯切れよく、それでいてもちっとした歯応えを感じさせる端正な細切り。僅かなざらつき感がつゆとの絡みを促進。咀嚼するほどに、甘やかなそばの風味が鼻腔を抜ける。何も付けずにそのままで、或いは塩でいただくのも今風だが、ピシッと辛口のつゆで啜りこむのも粋。お腹に余裕があれば追加もOK。

ピシッと辛口のつゆで味わう細切りのそばは暑い時期にも最高!

食後は、日本三大まんじゅうの一つ、福島銘菓「柏屋薄皮饅頭」がデザート代わりに出され、女将を務める妹の香織さんが点ててくれる“おうす”で大団円。気さくなご主人のもてなしに、初めてでもゆっくり楽しめるはずだ。

女将の香織さんが点てるおうす(薄茶)で、食後の口中もさっぱり

アルコールは一通り用意があるが、そばならやはりおすすめは日本酒。レギュラーメニューの「奈良萬」「京の華」のほか、月替わり・季節替わりの銘柄も登場する。一合1,000円から。半合でもオーダー可。

※価格はすべて税込

食べログマガジンで紹介したお店を動画で配信中!
https://www.instagram.com/tabelog/

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部