教えてくれる人

小寺慶子
肉を糧に生きる肉食系ライターとして、さまざまなレストラン誌やカルチャー誌などに執筆。強靭な胃袋と持ち前の食いしん坊根性を武器に国内外の食べ歩きに励む。趣味は一人焼肉と肉旅(ミートリップ)、酒場で食べ物回文を考えること。「イカも好き、鱚もかい?」
【噂の新店】「みつい」
あらゆる料理ジャンルの中で、ここ数年常に新しい動きを見せているのが寿司。インバウンドの追い風もあり、高級化が進む一方で、地に足のついた仕事ぶりで寿司好きの心をときめかせる職人も増えている。2025年4月のプレオープン時から、多くの人が本格始動を心待ちにしていたのが、麻布十番の「みつい」。銀座の名店で修業を積み、日々心技を磨き続けてきた超実力派のさらなる飛躍の章が、今始まる。
今の寿司業界は“黄金期”、“成熟期”、そして“バブル”と語られることも多いが、同時に一つの過渡期を迎えているようにも見える。米をはじめとする食材の高騰、長引く経済不安などネガティブなことばかり考えていても仕方がない。知恵を生かし、今できることを精一杯やりぬくのだという前向きな姿勢で、寿司の原点を見直す職人が少しずつ増えていることに期待を寄せている寿司好きは少なくないだろう。

5月1日に麻布十番にオープンする「みつい」も、そうした職人の心意気を感じられる店の一つ。店主の三井祥さんは、長野県に生まれ育ち、18歳で上京。都内ホテルで和食を学んだ後、銀座「青空」の高橋青空氏の握りに衝撃を受け、その門を叩いた。8年半の修業の日々のことは「人生の糧として心に刻まれています」と振り返る。独立を視野に入れ働いた「鮨祥」では、店の主を任され、技術と柔和な人柄で着実にファンを増やしていった。義理を欠くことなく、真面目に人と仕事に向き合ってきた三井さんの独立を楽しみにしていた常連客も多く、すでに6月までの席は埋まっているが、予約は基本的に1カ月ごとに受け付けるというスタイルも、今のムードに寄り添っているように感じる。

真新しいビルのワンフロアに広がる空間はメインカウンターと個室で構成。「お客様には一期一会の時間をゆっくりと過ごしていただきたい」と、一斉スタートや回転制ではないスタイルで営業すると決めた。付け台と変型カウンターの隔たりは極力少なく、天井をやや低めにすることで、自然と親密な空気が生まれる設計に。「前のお店から来ていただいているお客様はもちろん、新しくいらしてくださる方ともコミュニケーションを取っていけたら」と言うように、人懐っこい笑顔で座回しをする姿は、軽やかでじつに清々しい。

初めて訪れても不思議と気分がなごむ空間には、もう一つ、東京の寿司店では珍しい特徴が。付け台の後ろには炭台を備えたかまどを配置し、シャリもその羽釜で炊き上げる。一品料理をはじめ、旬の食材を炭火で焼き上げるのは、三井さんと同郷で、前職はイタリアンで働いた君波真吾さん。「炭火をうまく取り入れながら、緩急をつけた寿司のコースをお楽しみいただきたいです」と話す。