〈「食」で社会貢献〉

2030年までの国際目標「SDGs」(=Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉の略)など、より良い世界を目指す取り組みに関心が高まっている昨今。何をすればいいのかわからない……という人は、まずお店選びから意識してみては? この連載では「食」を通じての社会貢献など、みんなが笑顔になれる取り組みをしているお店をご紹介。

今回訪れたのは2014年にオープンし、2022年からミシュランガイドのグリーンスターを獲得している日本橋のフレンチレストラン「ラ ペ」。「食べログ フレンチ TOKYO 百名店」にも選ばれる実力店だ。シェフの松本一平さんは、料理人とジャーナリストのチーム「Chefs for the Blue」にも加盟し、海の未来のために学びながら活動している。

「桃コース」の一品

農家を助けたいという思いから生まれた「桃コース」

松本一平シェフが「ラ ペ」で提供するのは「現代料理の軽やかさと古典料理の魅力を併せ持ち、日本らしい季節感に満ちたフランス料理」。昼夜共に2種類のコースの料理には、全国の生産者と信頼関係を築くシェフの誠実さがにじみ出ている。シェフがいかに生産者を大切にしているかがわかるのが、夏限定の「桃のコース」の誕生エピソードだ。

オープンから10年目を迎えた2024年に改装した店内はシックな雰囲気

前菜やメインなどさまざまな料理に桃を使った「桃のコース」をシェフが考案したのは15年前、まだ日本でSDGsという言葉が知られる前のこと。きっかけは、故郷・和歌山県の生産者から廃棄する桃の話を聞いたことだった。「桃は味が良くても見た目が悪かったり規格外だったりすると廃棄されてしまう」という話を聞き、もったいないから何かできないか、農家さんの助けになることをできないかと思い、廃棄される桃を買い取って活用したのが「桃コース」だ。

「桃を料理に使う場合は、ピュレやコンポートやジャムなど、いろいろな方法で加工します。それなら形が悪くても小さくても問題ないですから、故郷で廃棄される桃を購入して料理に生かすようにしたんです。東京には出回っていませんが、和歌山県は桃の産地なんですよ」

「桃コース パート1」に使用する和歌山県産の桃

松本シェフいわく、フランス料理はもともと「無駄を出さない料理」。魚や肉は骨も捨てずに出汁をとってソースにするのが当たり前だから、規格外の桃を生かす方法もあるはずだと、ごく自然に思い至ったのだという。とはいえ、実際に「桃づくし」のコースを作るのは簡単ではなさそうだ。始めた当時のことをシェフに尋ねると「コースの全品に桃を使うと単調になってしまうのではないかという心配がありましたね。今は単調にならずにメリハリをつけるコツをつかみましたけれど」と教えてくれた。

「ラ ペ」で「桃コース」が楽しめるのは7月から9月中旬までの約2カ月半。内容は前期と後期で異なり、7月から8月はじめまでの「パート1」では和歌山県産の旬のピークの桃をコースの全品に使うが、8月上旬から9月中旬までの「パート2」では和歌山県以外の産地の桃と、更に他のフルーツも使用する。

2024年の「桃コース パート2」のメイン。カットする前のプレゼンテーションにもワクワクさせられる

写真の「紀州和華牛と桃のパイ包み焼き ブルーチーズソース」は、今年の「桃コース パート2」のメイン。かための桃のコンポートを牛ミンチで包み、さらにヒレ肉とパイ生地で包んで焼いた肉料理で、ソースは牛肉の出汁に赤ワインとポルト酒、フルムダンベール(ブルーチーズ)を加えて仕上げたもの。パイの香りと牛肉の旨み、桃の皮を噛むと弾ける甘い香りが絶妙で、芳醇なソースの中に潜むブルーチーズの塩気が桃の甘みを引き立てる。果物は皮と身の間においしさが詰まっているため、シェフは桃も焼いたり揚げたりするときは皮付きのまま使うそうだ。

「紀州和華牛と桃のパイ包み焼き ブルーチーズソース」。紀州和華牛は和歌山県内で肥育された黒毛和牛。桃に甘みがあるため、ソースにはブルーチーズの塩気をさりげなく利かせている

同じコースのデザート「桃のコンポート ショートケーキ仕立て、ミントの香り」は、しっとりしたスポンジ生地と、桃のコンポート、マスカルポーネチーズ、シャンティークリーム、桃のコンポートのスライスを合わせたショートケーキ仕立てのデザート。スポンジ生地には桃のコンポートの煮汁が含まれているため、レモングラスやカモミール、ミント、フランボワーズの香りが爽やか。桃を知り尽くした松本シェフならではの一皿だ。

「桃のコンポート ショートケーキ仕立て、ミントの香り」。桃と相性のよいミントのオイルと、桃の煮汁のグラニテが添えられている

規格外の桃を生かすことはフードロスの削減につながるし、農家の助けになる。しかし、規格外の農産物の取引をめぐる昨今の状況に、シェフは一抹の憂いも感じているという。「フードロスやサステナブルという言葉がなかった時代と違って、最近は規格外の農産物だけを買い叩こうとする人もいます。それをSDGsと言うのはちょっと違うと思うんです」

規格外だからといって買い叩かれては、農家の助けにはならない。だから松本シェフは、普段から付き合いのある農園の規格外の桃を、適正価格で仕入れさせてもらうようにしている。「みんながハッピーな仕組み」を考えて仕入れた桃の料理は、どれも優しいおいしさに満ちている。

※ランチはショートコース9,350円〜、ディナーはコース17,600円〜(税込、サービス料別)。