本田直之 グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店
回を重ねるごとに大人気となっている本連載。予約困難店のシェフたちはどんな基準で店を選び、通っているのか。今回ご登場いただくのは「The Tabelog Award 2018」ゴールド受賞店の「SUGALABO」のオーナーシェフ、須賀洋介さん。巨匠・ジョエル・ロブションの下で培ったその腕と卓越したセンスで、その動向はいつも注目が集まっている。そんな須賀シェフを惹きつける店を語ってもらった。
できれば教えたくなかったとっておきの和食店
本田:フランス料理の巨匠・ジョエル・ロブションの秘蔵っ子として、世界を回った洋介が、忙しい日々の中で、どんなものを食べているのか気になるよね。ここ数年、日本全国の食材を掘り起こして発信しつづけてるから、地方もよく知ってるし。プライベートではどういうところに行ってるの?
須賀:休みの日、食事に行く予定も立ててない珍しい日が、たまにあるじゃないですか。そういう時、美味しい和食屋さんに行きたくなるんですよ。でもなかなか見つからなくて。しかも、休みだから、基本的には家に近いところがいい。それで、新橋ってわりと近いし、あそこなら面白いお店があるんじゃないかなって、「新橋 和食」で検索してたら「新ばし 久」って出てきて、良さそうだなと思って。
本田:単に検索しただけ? 知り合いとかじゃなくて?
須賀:いや、まったく。で、電話したら、「2席大丈夫です」って言われて行ったらもう僕ら以外全部埋まってた。寿司のしみづさんの斜め向かいの立地で、清水さんがふらっとが現れて。「あれ?どうしたんですか?」って言ったら、「ここ弟の店なんだ」って。弟さんが、非常にお話しやすい方なんです。料理はお手頃で何より美味しい!
本田:おまかせみたいな感じ?
須賀:そうですね、基本的には。揚げ物が充実しているんですよね。鯵のフライだったり、松茸の時期だったら松茸のフライだったり、フグのフライとか。初回がすごく良かったので、2回目もひょろっと電話したら、当日で入れたんですよ。行ってみたらやはり僕らが座れば埋まっちゃうくらいの実にいい感じの混み具合で。前から予約をしないといけない店って多いじゃないですか、それこそ「さいとう」さんもそうだし「チウネ」もそうだし、行きたい店はいっぱいあるんですけど、自分が休みで、当日に行こうと思って行けるお店って大事なんです。そういう大事な店の代表みたいな感じかな、「新ばし 久」さんは。でも、こうやって「店名を」出すと…(笑)。
本田:本当は出したくない?(笑)
須賀:予約が取れなくなっちゃったら辛いな~。今の東京を代表する和食屋さんだったら、まあ4万、5万からっていう金額じゃないですか。それが、1~2万で食べられる。
本田:2万しないくらい………。
須賀:はい。お店なので、当然、使える材料はどうしても変わってくると思うんですけど、ちゃんと美味しくって、大事な立ち位置にあるお店ですよね。
本田:この、揚げ物が入ってくるっていうのはなかなかいいところですよね。
須賀:そうなんですよ。揚げ物好きで。「こういうところなら通いたいな」って言うお店がもっとあると思うんですけどね。たまの休みも、なかなか取れない店を予約して埋めちゃうので、なかなか。本当はもうちょっとそういうところを開拓したいんですけれど、なかなかできない。
本田:まあそうなんだよね。今俺も食べ歩き仲間と前日くらいの予約でOKのおいしい店情報を出し合ってます(笑)。
須賀:齋藤さんが前の回で紹介した「いさご家」さんは、大将の感じもいいですし、お魚が充実していて、やっぱ3時くらいまでやっていて。いい感じのお店ですよね。
本田:いさご家も、店が終わった後に行く感じ?
須賀:そうですね。僕らが行くところって休みの日に行けるか、あとは深夜に行けるかしかないので、やっぱ遠くに行きたくないですし、っていうと決まってきますよね。いさご家は、(「かんだ」の)神田(裕行)さんに連れて行ってもらったのが最初で。
本田:深夜やってる和食でいいところって、珍しいよね。
須賀:そうですね。変に小洒落てないのが却って居心地がいいというか、昔風の小上がりがあって、そちらにはテーブルがあって、ほとんど座らせてないですけどカウンターもあって、昔の居酒屋にあったような。最近は、コンセプチュアルな店多いじゃないですか。だけど、そういうところに「もう一回行きたいか?」って言うと「う~ん」っとなっちゃう。いさご家はその逆ですごく安心できるんですよね、料理の質も含めて。目利きのできる料理人がちゃんと作っているのは嬉しいですよね。
実は揚げ物好きの一面も
本田:ほかのジャンルではある?
須賀:すぐそこの交差点の飯倉町の方の並びに、「どげん」っていう小さい焼き鳥屋があるんです。そこもそんな感じ。帰国したときに、そこのすぐ近くに住んでて、フラッと入ったのが最初なんです。30代前半くらいのまだ若い社長がやっていて普通の焼き鳥屋然としてるんですけど、僕にとってはツボなんですよね。最近大きい焼き鳥店が多いんですけど、小さな構えなのもいい。1本100円みたいな、小さい鶏がカリカリっと焼かれてる感じが好きで。あとハムカツがあったり。また揚げ物の話になってますけど(笑)。
本田:やっぱり揚げ物ね。
須賀:焼き鳥もそうですけど、軟骨フライだったり、なんか、ゆるい感じが良くて。うちの子たちがたらふく食べてもリーズナブルでOKみたいな。もとは四谷にそのオーナーがやっている店があって、その分店でこっちに店出して、「そのままお前そこやれよ」みたいな感じで三十代の若い店長が独立されたんですね。
本田:チェーン店なわけじゃないんだ。
須賀:帰国した頃は彼も独立してすぐだったから、頑張って夜中2時くらいまで開けてたので、3日に1回くらい行ってたんですけど、ここ数年は12時くらいで閉めるようになっちゃって、で、そうするとなかなか行けなくて。
本田:へえ、そんな行ってたんだ。金土は2時までやってるみたいだね? 居酒屋的な使い方ができる焼き鳥屋ね。
須賀:そうですね。その鶏を使った締めのパイタンラーメンとか、焼きおにぎりとか……。
本田:昔の焼き鳥屋っていう感じね。
須賀:そう、スウェットでふらっと入れちゃう。本来そんなに気合入れてお洒落して行くものじゃないじゃないですか、焼き鳥って。そういう店が近くにあるっていうのが嬉しいですよね。
本田:予約して構えて行く店もいいけど、フラっといけるお店っていうのは大事だよね。
須賀:だから今、「SUGALABO」やってますけど、ワイン飲んだら値段もそこそこ行ってしまうし、お料理も十何皿というコースですし。これはこれで成り立っているけど、毎週、毎月行くお店じゃないというのは僕自身もわかってて。例えば年に3回とかですかね。そうなると、それだけのお金を支払っても価値のある立ち位置を築いていかなければいけない、って。いわゆるオートクチュールじゃなきゃ行けないお店。「もっと須賀くんのところ行きたいんだよね」って言ってくださるお客様もいるんですが、毎回その皿数のお料理をお召し上がりいただくのも、正直、罪悪感が生まれてくるんですよね。だから、アラカルトで、メニューがあるというよりは、か「今日の肉何?今日の魚は?」っていう、フレキシブルにできて、フラッと行ける店をやりたいんです。それはもうクローズドにしようと思うんですけど。クローズドにしないと営業できなくなっちゃうんで。「今日チーズとサラダだけでいいからさ」みたいな。サロン感覚っていう店をやりたくって。物件も1箇所見つけたんですが。
本田:それは面白いね。
須賀:肉と赤ワインだけでいいみたいな。値段はそこそこ高いと思うんですけど、ここでフルコース食べてワインペアリングする義務はないじゃないですか。もうちょっとその金額でいいお肉食べていただけるし。
本田:それはもうやるの?
須賀:やろうと思ってます。そんなコンセプトなんで、人手がたくさん必要なわけでもない。ただ内装だけは良くしたいなあと。その物件は5年の期限付きで、実際オープンしたら後4年しかできないんで、4年で回収できるかどうか計算して、まあまあトントンで終わるくらいで。遅くから2時くらいまでやってて、僕はそこにはいられないですけど、ここが終わってから自分も飲んで、知ってる人がいて、っていうお店ってあんまり日本にないので。昔の「CHIANTI」みたいな店はそういういい人たちが集まっていたと思うんですけど。だからいいものは揃えようと思ってるんです。
本田:そんな先まで予約しなくていいっていう……。
須賀:紹介制じゃなくて会員制なので、そんなに入りようがないというか、本当に15人入ったら埋まるくらい。もちろん、美味しくなければ入らない。「洋介のところはコンセプトはいいけど、そう美味しくないよね?」っていうことになると絶対入らないので、そこはちゃんとしなきゃいけない。やっぱり人も充実させなきゃいけない。多分2、3人で回せるので、出店の複雑さは少ないと思ってますけどね。段々こっちも人が増えているので。
本田:今SUGALABOはスタッフ何人?
須賀:10人くらいいるのかな。
本田:結構増えたね。
須賀:絵とかもちょっといいものを置きたいなと。場合によっては全部売り物にしちゃおうかなって思ってます。調度品もテーブルも。
本田:いいね、それ。
須賀:全部売り物で、提供してもらえれば、4年経ってなくなってもいいのかな、と。
本田:すごい、面白いね。
須賀:だからもう本当にクローズにして、会員の人しか来られないように。
本田:楽しみだね。あと、「パルメット」を挙げていたよね、駒沢だからここから遠いけど。
須賀:僕の小中高の同級生と久しぶりに会った場所なんです。彼の行きつけの小さなアメリカンダイナーで。駒沢ってシャレてるじゃないですか。そこに住んでる人たちの世界観があって。その空気感も好きですし、オーナーも気が良くて。日曜日の昼とかに行くのが気持ちいい。オーナーと話しながら、ハンバーガー食べてビール飲んで。
それが六本木にあると雰囲気違っちゃうけど、駒沢の住宅地にポツンとあるから。居心地がよくて、定期的に行きますね。
本田:チリビーンズとか、オニオンフライとか。
須賀:フレンチフライも。
本田:また揚げ物(笑)。フライ屋やったら? 流行りそうな気がする。地方回っててどう? 「ここすげえよかった」みたいなB級系で。
地方で出会ったとっておきの店
須賀:大分に行ったら、「想夫恋」っていう焼きそば屋、多分大分の人みんな知ってるんですけどね。結構いい値段するんですけど、激混みで。あとはこのあいだ行った福井では敦賀のヨーロッパ軒。これ全員知ってます福井人は。バーンとどでかい皿が出てくるんですけど。直さんも地方色々行ってらっしゃいますよね、B級も。
本田:B級相当行ってるよ、うん。むしろB級の方が行ってるんじゃないかな。
須賀:これもほんと教えたくないお店ですけど、富山の「ねんじり亭」っていう魚の店も、本当に良かった。「満寿泉」の桝田さんに教えてもらったんですけど、素材の良さが半端なくて。富山で取れた毛ガニなんて、1.5kg、ですよ。そんなの当たり前に出てくるし。ブリとかもすごい。何食べても美味しいんですよ。こういうところには勝てないです。ねんじり亭は絶対紹介したくなかったんですけどね(笑)。
本田:値段が安いもんね……。
須賀:あと島根のお店で、「田吾作」。ハルさんっていうおばあちゃんがやってるんですけど、最高です。去年の夏に行った際、鮎の背越しが旨くて。骨が気にならないくらいの薄い背越し。それをガリガリッと食べると美味しい。ここまで遠いと多分、いくら紹介しても、予約が取れない店にはならないから声を大にして紹介します(笑)。
本田:洋介は地方回ってるから、地方のそういう本とか書いたら面白いかもしれないね。
須賀:地方っていう意味では「柳家」さんは僕もやっぱり好きですね。今では世界的な有名店ですが、岐阜の山の中で、なかなかアプローチしづらい立地条件なので、季節によっては予約が取れるチャンスも多いのでは?
本田:ラーメンは?
須賀:玄瑛の広尾の店(GENEI.WAGAN)、よく行ってましたね。ただ、最近ちょっと行けてないんです。入江さん(玄瑛のオーナー)、六本木もやり始めて昔ほど夜中やってらっしゃらないようで……。夜中やってないと僕ら行けないので、ちょっとそこが残念なんですけど。やっぱり玄瑛の魅力は、入江さんなので、入江さんに会いに行くっていうのも大きいです。数年前に料理の鉄人で対決したのがきっかけで。
予約していくのは、王道のフレンチレストラン
本田:たしかに人は大きいよね。フレンチは? 行ったりするの?
須賀:「レストランアラジン」は僕にとっては特別ですよね。昔、少しの間仕事をしていたっていうのもありますけど、川﨑誠也シェフはフランス料理で美味しいものを作られるんですよ。フランス料理が全盛だった時代にフランス修行している世代のシェフなので、昔のフランス料理をきちんと学んできてる。「どうやったらホワイトアスパラガスを少しでもうまく食べさせられるか」という感覚でちゃんと料理を作ってた時代だったんですね。川﨑さんもだし、「ル・マノアール・ダスティン」の五十嵐(安雄)さんや「北島亭」の北島(素幸)さんとか、その時代の方々は底力のあるフランスで修行した世代のシェフたちで、しっかりと基礎が叩き込まれてる。僕より下の世代の料理人は昔のフランス料理を目の当たりにできてない人が多い気がします。
今はホワイトアスパラを細かくしたりとか、液体にしたりとか、そういうふうにしちゃいますよね。
本田:エルブジ以降ね。
須賀:そうなんです。スペイン勢が現れてから、フランスのシェフたちは何やったらいいかわからないぐらい自分たちのアイデンティティを失ってしまった。いい材料使って、クラシカルな美味しいものを作ってたフランスらしさに自信をなくしてしまったんです。スペイン勢がやったことはすごかったんですけどね。誰もやってなかったですから。いわゆるプレゼンテーションの上手さ。今までパエリアとかガスパチョとかしかないと思われていた国だったのに、天才が現れて、フランス人が不得意なチームプレーも駆使して登場してきたことで、フランス人は焦っちゃったんです。それに対抗するように「俺たちもこんな細かい仕事できるんだよ」みたいな感じになってしまって、迷走しちゃったんですね。そういう時代に入って20年。そういう意味ではその前にフランスで修業したシェフたちが作る今のフランス料理って、それ以降のシェフたちができない料理を作れる人たち。
本田:なるほどね。そういうシェフたちのレストランも行くべきだよね。
須賀:ぜひトライしてみてください! 「ラ・ブランシュ」も、そうですし。自分で予約して行きたいなって思うのは、北島亭やアラジンだったり、その世代の人たちの店なんですよね。
本田:それすごい面白い話だよね。
須賀:あの方々は「トリュフが大好き」「チョコレートが大好き」っていう感覚で仕事をしている。「自分なら何を表現する」ではなくて、「自分が食べたいものを作る」っていう感覚がちゃんとある人たち。本当のオーナーシェフで、お客様と仲良くなって最後に一緒にワインを飲みながら語らってっていうのができるお店なんですね。とても“フランス然”としてるんです。
本田:なるほどね。「予約が取れない」ばかりでなくて、「予約が取れる店」の再発見や発掘は想像以上に価値がありそう。洋介が大切にしているのは、普段着で行ける心地よさ、オーナーの人柄が魅力的な店。そして、古典のフランス料理の技術を身に着けたシェフたちの、しっかりと誠実なフランス料理を食べさせる店ということがよくわかった。紹介制から会員制の店といった新しい試み、そしてゆるぎないテクニックやエスプリを身に着けた料理人へのあふれるリスペクト。普段食べに行く店から、そんなことが見えてきた。これからチャレンジしようとしているクローズドな店も楽しみだね。
・SUGALABO
★「SUGALABO」の須賀洋介さんが通う店はこちら。
・新ばし 久