〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

女性一人でも入りやすい空間

内観

東京・根津の駅前に昔ながらの五軒長屋があり、小さな飲食店が仲良く並んでいる。この2階にあるのがワインバー「Amilas(アミラス)」だ。ドアを開けると、黄色い壁と小さな絵画が飾られた店内が目に飛び込み、女性でも立ち寄りやすい雰囲気になっている。

店主の加藤あゆ美さん

店主・加藤あゆ美さんは「自分が行きたいお店づくりをしたら、女性が仕事帰りでも立ち寄りやすい店になるかなと思っています」とほほえむ。実は加藤さん自身がレストランで働き始めた頃は、ワイン3杯でダウンしてしまう体質だったそう。しかし、体に染み渡るような自然派ワインの魅力を知ってからは、師匠でありアミラスのオーナーでもある神楽坂「アンブラ」の泉俊輔さんの「合わないワインを出すのは、その人のワイン人生を無駄にする」との教えを守り、飲み頃のワインやグラス半量のワインを提供。ワインになじみがない女性でも、一人ひとりにフィットしたワインを出すように工夫されている。

黒板メニューは約1週間で入れ替わる

また、一人でもふらりと立ち寄れるようにメニューは小皿料理が中心。季節の野菜を使ったメニューも多く、女性にうれしい。ほとんどのメニューが週替わり200〜550円で、小さなポーションで何種類か食べられるようになっている。根津では珍しく24時まで開いているので、仕事帰りでも疲れを癒やしてくれる貴重なワインバーだ。

そら豆のポテトサラダ✕すっきり白ワイン

そら豆とクリームチーズのポテサラ(350円)

アミラスでは、季節ごとに旬の野菜でアレンジされたポテトサラダがメニューにある。ポテトサラダはワインのおつまみになってお腹も満たせるので、まずはオーダーするのがおすすめ。春は「そら豆とクリームチーズのポテサラ」が登場。ポテトサラダがたっぷりのクリームチーズでアレンジされているため、酸味があってさっぱりと軽く食べられる。

マティアス・ワーヌングのポテトランド グリューナー・ヴェルトリーナー2022(グラス1,400円)

ポテトサラダにおすすめなのが、その名も“ポテトランド”というオーストリアの白ワイン。「ポテトランドは、“オーストリアにはポテトくらいしかないぜ”というしゃれの利いた名前です。すっきりしていてこちらのポテトサラダによく合い、最初の一杯としてもいいですね」と加藤さん。柑橘や洋梨の香りが強く、スッとした酸やほのかな甘みがあってポテトサラダにぴったりだった。

カリフラワーのコロッケ✕オレンジワイン

カリフラワーのコロッケ(250円)
カリフラワーのコロッケだが割ってみると黄色。その理由は?

揚げ物が食べたい人には「カリフラワーのコロッケ」がおすすめ。刻んだカリフラワーの中にはたっぷりの生姜が入っており、スパイシーな風味になっている。「おつまみなので、ソースをかけなくても完結するような味つけにしています。生姜が多めなので少しピリ辛な味がアクセントです」と加藤さん。

ロリエリのゴッチェ・ディ・ピエトラ(1,200円)

カリフラワーのコロッケにおすすめなのがイタリア・トスカーナ州のヴェルメンティーノを使ったオレンジワイン。「少しにごった旨みのしっかりあるオレンジワインです。スパイスの利いた料理はオレンジワインの柑橘風味が合います。コロッケには生姜のほかにもガラムマサラのようなスパイスが入っているのでさらにマッチします」と加藤さん。コロッケのカリカリ感に旨みのあるオレンジワインがしっかり染みておいしい組み合わせだった。

菊芋のアチャール✕エレガント赤ワイン

菊芋、パクチーのアチャール(350円)

アミラスでは野菜やスパイスを使った赤ワインに合うおつまみもある。「菊芋、パクチーのアチャール」は、菊芋とパクチーをインド料理の漬物であるアチャールにしたもの。今回はスパイスの香りを付けたオイルに漬けられている。スパイスは利いているが、パリパリ、シャリシャリとした食感でさっぱり食べられる一品だ。

アルド・ヴィオラのペッリコ2017(グラス1,300円)

アチャールに合わせたいのは、イタリア・シチリア州の土着品種ペリコーネを使った赤ワイン。「アミラスではイタリアの土着品種もよく出しています。こちらは土の風味が少しある、エレガントな赤ワインです。2017年ヴィンテージなので、こなれた味になっています。アチャールが繊細な味なので、濃い赤ワインではなく軽いタッチのものがよく合います」と加藤さん。シルキーで余韻が長いワインを堪能できるペアリングだった。

加藤さんの「私が恋した自然派ワイン」

ドメーヌ・ル・ブリゾーのパタポン・ルージュ2018(グラス1,250円)

加藤さんが恋したワインは、自然派ワインの自由で皮肉の利いたところに惚れたフランスの赤ワインを紹介してくれた。

「飲食店で働き始めた頃にソムリエの先輩から教えてもらったワインです。パタポンは、逆さジョウゴを被っている皮肉めいた表情のおじさんラベルがインパクト大。これは生産者クリスチャン自身の姿で、当時どこにもないワインを造ったらフランスのワイン法AOCで認められなかったことから、フランスで変わり者を意味する逆さジョウゴを被っている様子です。

そのエピソードを聞いて、世の中の常識じゃなくて自分の常識でおいしいものを造る姿勢に惹かれ、自然派ワインを造る人をかっこいいと思うきっかけになりました。味わい的にも、体の中にするすると入っていく心地よさがあります。自然派ワインを最初に飲む一本としてもおすすめです」

イタリアの土着品種のワインを中心にラインアップ

アミラスではイタリアを中心にフランスやオーストリアなどの自然派ワインが楽しめる。なかでもおすすめなのがイタリアの土着品種を使ったワイン。「知らないワインを飲んでいろいろな魅力を発見してほしいと思っています。全体的に初心者の方にも飲みやすい染み渡る系のワインが多いので、いろいろ試してほしいですね」と加藤さん。運が良ければ、店で寝かせた飲み頃やバックヴィンテージのワインが放出されることもある。グラスワイン(900〜1,500円)が多く20種類ほど用意され、リクエストがあればボトルワイン(6,500〜10,000円)も100種類ある。加藤さんがおすすめのワインコース(3種3,000円、5種5,000円)もあるので、迷ったらこちらを頼んでみよう。

アットホームな空間でワインを一杯

長屋の2階、左から2番目がアミラス

アミラスはカウンター席中心で一人や二人の利用客がほとんど。こぢんまりした空間に加藤さん一人で切り盛りしているため、アットホームさもある。平日の仕事帰りに立ち寄るのはもちろん、根津のカフェやギャラリー巡りをした後でも入りやすい。「ちょっとワインを1、2杯」というときに思い出すと、居心地のいい時間を過ごすことができるだろう。

※価格はすべて税込、チャージ料600円

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:木村雅章