教えてくれる人
マッキー牧元
株式会社味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチ、エスニック、スイーツに居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ・テレビ出演。とんかつブームの火付役とも言える「東京とんかつ会議」のメンバー。テレビ、雑誌などでもとんかつ関連の企画に多数出演。
福井でマッキー牧元さんの心を打った2軒とは?
創作居酒屋てんてん
店前の大通りは静かで人通りも少ない。だが店に入るとおいしい賑わいであふれていた。「創作居酒屋てんてん」は、連夜満席という人気の居酒屋である。
「今夜飲む店教えてくれない?」
そう地元の人に聞いたら、真っ先に教えてくれたのがこの店だった。
店に入るとカウンターが奥に伸び、座敷もある。満席で30人弱だろうか。
そのすべての客に料理を作っているのが、大柄で快活な大将である。
カウンターの上には煮付け料理など入った大鉢がずらりと並び、さあ食べろ、さあ飲めと迫ってくる。
メニューを見れば刺身の種類がすさまじい。カツオ、天然寒ブリ、マゴガレイ、真鯵、トロサーモン、アオリイカ、バイ貝、オニエビ、〆イワシ、〆コハダ、小鯛笹漬けとあるではないか。
うむ。全部頼みたい。
しかし悩んだ挙げ句「お造り盛り合わせで、今日のおいしいとこ入れてね」と。「はい。お造り盛り合わせ、おいしいとこ入れこんで」と、答えてくれた。
メニューはその他50種類以上。これを一人で手早く作っているのだから、凄まじい。
お造りを待つ間「鯛の子煮付け」と「赤ナマコ」を頼み、燗酒でゆるりと始める。
早くも幸せが忍び寄る。
「お造り盛り合わせ、お待たせしました」
運ばれてきたお造りは、天然寒ブリ、トロサーモン、アオリイカ、オニエビ、マゴガレイなどが美しく盛られている。それぞれの刺身の包丁の冴えが美しく、食べればどれも魚自体の力がみなぎっていて、かつみずみずしい。敦賀の海の豊かさを感じさせる魚たちである。
珍しいのはオニエビだろう。オニエビ(鬼海老 正式名:イバラモエビ)は福井でも希少とされるエビで、濃厚な甘みがある。ボタンエビに似ているが、それより甘みがあり身の弾力も強い。
刺身を楽しんだ後は、この店の名物「てんちき」をいってみよう。若鶏の半身を揚げたものである。3つにぶつ切りにされたそれにかじりつく。うむ。この肉を食らう感じがいい。唇と舌にあふれる肉汁がたまらない。
続いて頼んだ「太刀魚の塩焼き」や「タコの唐揚げ」も素晴らしく、独自の工夫がある「ポテトサラダ」や「ハムカツ」も上等である。
しかし福井に来たからには食べなくてはいけないものがある。「にしん寿司」と「小鯛の笹漬け」という郷土料理だ。
北前船が盛んだった江戸時代に、寄港地であった三国、河野、敦賀地方へ伝わった料理だという。
北海道から運ばれた身欠きにしんを、塩漬けにした大根と、水(米の研ぎ汁)に一晩漬けて柔らかくする。それを洗って切り、大根と人参などを麹と調味料とともに漬け込んだ「いずし」や「なれずし」の一種である。乳酸発酵した、柔らかい酸味とともにしなやかになったニシンを味わう。
燗酒が恋しくなる肴である。
続いての「小鯛の笹寿司」は土産でも売られ、全国のデパートでも見かけることのある郷土料理である。しかし売られているそれとはまったく違った。連子鯛を塩〆にし、甘酢に漬けたものだという。
市販のそれは〆が強く、味が抜けているが、これには優しい甘みがあってエレガントである。それは「小鯛の笹寿司」を食べるためにここに来たと言い切ってもいいほどの味わいであった。