【おいしいパンのある町へ】

Vol.10 東京・下赤塚「パン工房 BOULANGERIE KEN(ブーランジェリー ケン)」

所縁がある人でないと、なかなか聞いたことがない下赤塚という駅名。そんなニッチな街に知る人ぞ知る行列店があるという情報を入手し、池袋から東武東上線に乗ること約20分。多くの人で賑わう駅前の商店街の一角にある、「パン工房 BOULANGERIE KEN(ブーランジェリー ケン)」に到着。

演じることとパン作りの共通点は“自分らしい表現ができること”

今年オープン14年目を迎えた「パン工房 BOULANGERIE KEN(ブーランジェリー ケン)」のオーナーシェフを務めるのは、田崎健一郎さん。学生時代には演劇部に所属し、役者志望だったという、異色の経歴の持ち主だ。

 

「演劇の学校に通っていたときに飲食店でのアルバイトを始め、さまざまなお店を転々としました。パン屋さんで働いていたときに、初めてパン作りを経験。アイデアを商品化するという行為が、演技での “表現”と似ているな、と感じたんです」

そんな発見をきっかけに、パン作りにのめり込んでいったという田崎さん。「もっともっと、自分らしいパンを作りたい。そんな思いを胸に、独立を決意しました。お金がなかったので居抜きの店舗を探していたところ、この場所を見つけて。駅から徒歩5分という好立地が決め手でした」

独立後の挫折を救ってくれたのが、お客さんのアドバイス

厳選した粉で作るハード系のパンがメインだったというオープン当初。近所の人々に愛される“手軽な本格パン”を目指していたものの、客足は思うように増えず、頭を抱える日々が続いたそう。

「この街の人々がどんなパンを求めているのか、きちんと理解できていなかったんですよね。そんなときに、以前働いていた店の常連さんが遊びに来てくださって。“昔作っていたベーグルは、もう作らないの? もったいないなあ”というアドバイスをいただき、カラフルなベーグルを取り入れてみたんです。それが見事、当たって。メディアにも取り上げられ、お客さんが急増しました」

モットーは、 “とりあえず試す”!

人々のニーズに応えることの大切さを学び、メニューを一新。日々の生活で「おいしい」と感じたものは、すかさず新商品のアイデアとして取り入れているという。

「個人店のオーナーって、エゴサーチをしない人が多いんですよ。好意的なコメントばかりじゃないのでね。でも僕はあえて、こまめに検索するようにしているんです。良いコメントも悪いコメントも、今後の参考になる。“こういうパンが食べたい!” “あの商品がもう一度食べたい!”というリクエストにも、応えるようにしています」

ジャンク感と繊細さを兼ね備えた独自のスタイルが話題に

「ネットではよく、“ジャンクなパン”と表現されていることが多いですね。今の時代にそういうスタイルの店は少ないので、個性があっていいかな(笑)」と語りながら、豪快に笑う田崎さん。そんな彼が作るパンは、通常の1.5倍はあるボリューム感が特徴だ。

「ご年配の方にとってパンって未だに、“嗜好品”というイメージが強いんですよね。安くてお腹いっぱいになるパンを心がけていたら、どんどん大きくなっていって(笑)。そのおかげで、男性客も増えました」

ボリューミィなサイズに加え、味噌やケチャップ、マヨネーズなどをたっぷりと使った惣菜パンなど、まさに“ジャンキー”という言葉がぴったりとハマる田崎さんのパン。しかし一口味わった途端、その表現に違和感を覚えるだろう。見た目からは想像できないほど繊細な味わいは、粉選びへの情熱によって生まれる。

「油脂や乳製品のコクを強調したパンが増えていますが、僕自身が本当においしいと感じるのは、粉そのものの風味がリッチなパン。トッピングや具材だけでなく、生地本来の旨味を活かすことを大切にしています」。国産からカナダ産、フランス産まで、13種類以上の粉を使い分けて作られるパンのバリエーションは、60種類以上。なかでも田崎さん一押しの商品を紹介してもらった。

リクエストから誕生した、人気No.1ベーグル

「ブーランジェリー ケン」の看板商品といえば、ずっしりと重厚感のあるベーグル。「ベーグルは生地にいろいろな素材をミックスするので、安定性のあるベーシックな風味の小麦を使用しています。種を茹でてから焼くことで、もっちりと仕上がるベーグル。種を茹でたあとに冷蔵庫で一晩寝かせるのが一般的ですが、うちはそのままオーブンへ。他の店と比べて、表面がしっとりとしているのが特徴です」

季節ごとに旬の素材を取り入れた豊富なフレーバーのなかでも、ダントツの人気を誇るのが「ずんだ味噌ナッツ」。「お客さんからリクエストをいただいたのがきっかけ。ソースは白味噌がベース。オリジナリティを出すために、刻みナッツの代わりにクレーム・ダマンド(=アーモンドクリーム)を使用。より濃厚な味わいに仕上げました。生地には枝豆をたっぷりと投入し、食感も楽しめるように」。ほんのり塩気がある生地と甘塩っぱい味噌クリームが、絶妙にマッチ。200円。

ごろごろと入ったマカダミアナッツが贅沢なスイーツ風バゲット

女性客から絶大な支持を誇るのが、田崎さんが最も得意とするハード系パン。「小麦の外皮を含んだ石臼挽粉を使っているのがポイント。雑味があり、生地がより味わい深くなるんです」

女性スタッフからの提案で誕生したのが、バゲットをスイーツ風にアレンジした「バトン」。「いろいろな具材を試しましたが、ミルクチョコレートとマカダミアナッツの相性が最強でした。生地にもココアパウダーを混ぜ、スイーツ感を強調。どこを食べてもナッツの食感と風味を味わえるよう、かなりの量を入れています。自分で言うのもなんですが、コスパの良さはどこにも負けません(笑)」。330円。

ランチタイムのベストセラー!ボリューム満点のカスクルート

お昼時に近所の人がこぞって買い求めるのが、バゲットのサンドイッチ「カスクルート」。フィリングの種類は、なんと25種類。エルヴィス・プレスリーの大好物だったというバナナ、ピーナッツバター、ベーコンのサンドイッチからインスピレーションを受けた「エルビス」や、ベトナムの国民食「バインミー」など、毎日食べても飽きないラインナップ。

「おすすめはベーシックな、自家製ハムとブリーチーズ。外食先で食べた自家製ハムがおいしくて、うちのサンドイッチでも使いたいな、と。独学で作り方を習得しました。まずは豚の肩ロースを低温調理してから、オイルに漬け込んで味つけ。市販のハムよりもあっさりとした味わいなので、クリーミーなフランス産ブリーチーズを合わせました」。380円。

キッズも大喜び!オムライス風ベーグル

田崎さんのクリエイティビティに圧倒されるのが、こちらのオムライス風ベーグル。「みんなが大好きなオムライスをパンにしてしまおうと。ローストしたかぼちゃをマッシュして生地に練り込み、鮮やかな黄色を再現。かぼちゃの水分による、しっとりとした食感が好評です」

フィリングは、スクランブルエッグ&ケチャップ味の玄米。「賛否両論ありますが(笑)、これを求めて訪れてくださる方も多数。とくに、男性ファンが多いです」250円。

 

田崎さんに聞く、下赤塚付近の一押しグルメ

田崎さんが足繁く通うレストランを2軒ご紹介。

タイ人親子が作る、本格タイ料理「バイケーオ」

新商品のアイデアを求め、世界各国の料理を食べ歩いているという田崎さん。普段はランチをゆっくりと食べる余裕がないものの、たまに時間ができると、店のはす向かいにある「バイケーオ」を訪れるそう。「タイ出身のお母さんが作る料理は、ハーブやスパイスの風味豊かな本格派。ピリッとほどよく刺激のある、ガパオライスがお気に入りです」

カジュアルに楽しめる絶品フレンチ「Bistro Famille(ビストロファミーユ)」

コスパの良いパンを追求する田崎さんが「ここほどコスパのいいレストランは、なかなかない!」と絶賛するのが、「ビストロファミーユ」。「同世代のご夫婦が営む、カジュアルな雰囲気のビストロ。とにかく何を食べても外れなしですが、おすすめは具沢山のキッシュ。正直、僕が作るものとは比べものにならないくらいおいしいです(笑)」

撮影:山田博之
取材・文:中西綾乃