目指すのは素材が見える料理

「オマール 黒米 トレヴィス スモークパプリカ」

入江さんの皿はどれも食材の存在がはっきりしています。できあがるまでの工程にはどれだけ?というほど時間も手間もかけているのに、何を食べているのかがよくわかる。「この皿のうまみをどこに持っていくか、酸味はどのようにつけるか、苦みをどのように合わせるのか、そしてコースの何番目に提供するかによってソースの濃度や火入れの塩梅を調整しています」と言うようにすべてを緻密な計算の元に構成するのはフランス料理人ならでは。

入江さんのシグネチャーである黒米のソース

この皿は黒米のソースで甘みを、オマールでうまみをひき出し、トレヴィスと舞茸のサラダの酸味ですべてを一体化させています。仕上げにスモークパプリカパウダーでふんわりと薫香を漂わせると“こんなの食べたことがない”というおもしろさが加わります。

「羊 発酵人参 クミン デュカ」

以前プロデュースしていた店でモロッカンテイストの料理を作ってほしいと依頼されたのがきっかけで生まれたこの皿は、ラム肉にタマネギ、クミン、カレー粉、松の実を混ぜて春巻きの皮で包みカラッと揚げています。振りかけたのはあの「カラムーチョ」をイメージしたオリジナルのスパイス。クエン酸の入ったスパイスは食べた瞬間にそのフレーバーが鼻腔を抜け、ラム春巻と相まって五感を刺激します。

鮮やかな色彩にハッとさせられる

特筆すべきは松の実のほくほくした食感。餡に松の実を入れたのはフランス修業時代に作っていた前菜料理の記憶から。入江さんの無数にあるアイデアはすべて豊富な経験に基づいているのです。

「たかたのゆめ 塩レモン 生雲丹 サフラン」

小田原のレモン畑を訪れた時に、海の青色とレモンの黄色に衝撃を受け開発したのがスペシャリテのレモンのリゾットです。2018年から作り続けていますがレシピはほぼ変えていないそう。米はイタリアのカルナローリ米に似て、芯がしっかりした陸前高田市産の「たかたのゆめ」を使い、塩漬けしたレモンは角切りで食感を楽しませ、香り付けに皮を削りかけています。

リゾット用に特注した器はアーティスト、鈴木麻起子作

味付けはサフランとニンニクをほんの少しだけ。アサリ出汁のうまみをたっぷり含んだリゾットはレモンの爽やかな苦みが心地よく、シンプルながら深い満足感を与えてくれます。また食べたいと思わせるのはさすがスペシャリテの風格。

コースの〆はシェフのルーツを物語る特製カレー

「ÉPICOUL咖喱 イリエマサラ」

「カレーは子どもの頃に食べていた味が好きという持論があって、僕の場合はスパイスがちょっと利いた甘口です。干しぶどうとタマネギのフライをのせるというのもどこかで食べたおいしさが忘れられなくて」と入江さん。本日は「アイリッシュグラスフェッドビーフ」のカレー。和牛とは違いコクはありますが軽い仕上がりです。最後に目の前ですり潰したスパイスをひとさじ。香りが食欲をそそります。

具材によってウイスキーも変えている

味変にはモルトウイスキーの聖地の一つ、スコットランド・スペイサイド地方の「アベラワー」を数滴。本日のカレーには蜜や花のような香りのするこちらをチョイス。途端に華やかな香りに包まれ、ルーもまろやかに。カレーにウイスキー、これはハマります。

「お客様との会話がブラッシュアップにつながる」と語る入江さん

「若い頃はこういう料理を作りたいとか、星を獲りたいとか自分の目標に向かって邁進していましたが、40歳を過ぎた今は自分の料理で楽しんでもらえたらという気持ちが強くなりました」と語ります。すべての皿はフランス料理がベースになっているもののスパイスを自在に操った新感覚の味わい。カテゴリーに分ける必要などない、素直に“おいしい”と言える入江さんの料理に魅了されるのです。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

文:高橋綾子、食べログマガジン編集部 撮影:溝口智彦