【森脇慶子のココに注目 第51回】「薪鳥新神戸」
2021年夏。彗星のように現れ、焼き鳥業界に衝撃を与えた「薪鳥新神戸」。炭火ではなく、薪の薫香を生かした前代未聞の焼き鳥は、瞬く間に焼き鳥ラバーのハートを捉え、一年先まで予約の取れない人気店となった。が、再開発による立ち退きのため惜しまれつつ今年6月20日に閉店。再開を今か今かと待っていたファンも多かったことだろう。その「薪鳥新神戸」が、約5カ月の充電期間を経て、11月11日、リスタートした。
場所は赤坂。住宅街に隣接した麻布十番時代と違って今回は赤坂見附駅のすぐ近く。繁華街の只中ゆえ場所も分かりやすい?と思いきやさにあらず。隠れ家的佇まいは以前のまま。いや、ある意味、もっとわかりにくくなった感もある。
駐車場奥のビルという立地もさることながら、入り口自体がおよそ料理店のそれとは到底思えないのだ。小さく掲げた「新神戸」の看板を頼りに扉の前に立てば、まるで倉庫のようなその扉に書かれているのは【火災受信器】の文字。ここで一瞬不安がよぎる。しかも鍵までかかっているのだから。ひょっとしたら入り口は別の場所かもしれない——と、初めてならば迷うこと必至。事実、辺りを一周したというゲストも少なくないらしい。扉の横のインターフォンを押せば、鍵は解鍵。重い扉を開け、階段を降りれば扉がもう一つ待っている。そして、そこを開けると前店とは打って変わって広々とした空間が現れる。
「前店の2倍以上はありますね。カウンター席も2つ増えて12席。薪の炉窯も2つになったので、火を自在に扱えるようになりました」そう笑顔で話すのは、大将の疋田豊樹さん。5カ月間の休養中には海外にも出かけ、フランスのブレス鶏など現地の鶏をいろいろ試食してきたとか。その結論として「僕個人の意見ですが、焼き鳥には、やはり日本の地鶏が一番合っているように思います」とのこと。海外での知見を経て、焼き鳥愛をさらに深め、焼きの技術に磨きをかけた疋田さん。その新生薪焼き鳥のコース(16,000円)を早速味わってみた。
「今のところ、以前とそれほど変えてはいないんですよ」と言いつつ、まず、皿に置かれたのは、薪焼き鳥の名刺代わりでもある高原比内鶏の“腿(もも)肉”。弱火でじっくり燻すように焼き上げたそれは、狐色の光沢を放ち、薪ならではの薫香を纏って焼き鳥ラバーの胃袋を誘惑する。焼きたてをすかさず頬張れば、パリッと軽やかな皮の内側から溢れ出る肉汁に思わず頬が緩む。舌に広がる澄んだコクに、そうそう、これこれ!この味!と心の中で得心する。相変わらずのおいしさだ!
いや、心なしか表面の焼きはよりしっかりとして身にしまりがあり、さらに焼き鳥感が増しているように感じられる。もちろん、ジューシーさは変わらない。
味の余韻に浸るまもなく置かれたのは、鶏肉と白レバーをミルフィユ状に重ねた一皿。これは新作だ。以前も松風地鶏のささみをお造りにして出してはいたが、今回は高坂鶏に変え、白レバーも加わって一段とパワーアップ。この白レバーが逸品。
聞けば、レバーも高坂鶏だそうで「血液の成分をコントロールすることで健康的な鶏に育つ高坂鶏は肝臓の状態も良好。だからおいしいんです」と疋田さん。その言葉を裏付けるように、旨味にコクがありながらもよどみなく綺麗な味だ。煮切った薄口醤油と昆布を入れ3日ほど寝かせたとりわさ醤が上からかかっている。そのままでもいいが、カワハギの肝巻きのように、胸肉でレバーを巻いて食べてもなかなかいける。
続いて山口県長州鶏のレバーが登場。レアに焼き上げながら身にハリがあり、プルンとした食感もそのままに、口中でスッととろけるなめらかさが実に絶妙だ。その後、マッシュルームの薪焼きや鶏焼売のお椀でひと息ついたところで、今度は高原比内鶏のせせりと、ハリッサをのせた振袖の串焼き2本が続けてお目見え。
部位は日によって変わるそうで、ソリレスや胸肉に変わることもあるそうだ。口直しに出た鶏スープベースの茶碗蒸しには、薪で焼いた百合根を忍ばせてあり、何気ない一品にも薪の特徴をそれとなく生かしている。
コースも中盤に入ったところで、今度は手つきのザルに入れたハツが薪の炎に翳された。豪快に炙り焼く様子は、薪焼きならではだ。
「こうすると、炭火に比べて短時間で火が入るので、旨味を逃しにくく固くならないんですよ」ザルを揺りながら疋田さんが一言。加えて、塩水に3~4時間つけてから焼く一手間もおいしさの秘訣だろう。シコシコと歯切れ良い食感には薪の香りがよく似合う。
ミモレットチーズを削りかけた蕪の薪焼き、薪焼きトーストに鶏のリエットを塗った鶏パン、海老芋饅頭と芹のおひたしの盛り合わせが出て、後半の串2本は稀少部位のハツモトのタレ焼き、そしておなじみのネギマが登場。
といっても、ただのネギマではない。高坂鶏の皮で高原比内鶏を巻いた、いわばハイブリッド串だ。疋田さんによれば「高坂鶏は皮が特においしい。厚みがあり、脂ものっていて薪との相性がとてもいい。対して高原比内は身の旨みが濃いので、この2つを合わせてみたんです」とのこと。一緒に刺した長ネギが皮の脂を受け止め、いい仕事ぶりを見せている。
そして、締めの食事はお待ちかねの薪焼きそぼろご飯。席数が増えた分、土鍋もより巨大に。なんと七合炊きの土鍋を信楽の雲井窯に特注。炊き上げる米6合に対しおよそ1kg余りの鶏挽肉を炙って混ぜいれるのだから、見るからにダイナミック。
米は程よい粘りと弾力性があり、あっさりした旨みの「あきたこまち」。炊き立ての風味豊かな白飯に薫香を纏った塩味のそぼろは、シンプルながら最強の組み合わせ。一杯目は、炒めたニラをのせてそのままいただき、お腹に余裕が有れば、ぜひおかわりを。2杯目はうずらの卵かけ、3杯目はカンズリと青ネギ等々やりすぎない味変も気が利いている。
「再オープンしたばかりなので、コースの内容は前とあまり変えないようにしています。でも、炉窯が2つになったので、火加減の異なる野菜と肉を別々に焼けるようになり、よりベストな状態で焼けるようになりました。熱源に余裕ができた分、片方を熾火にしてみるとか、より薪焼きの可能性に挑戦していきたいですね」そう窯に薪をくべながら笑顔で語る疋田さん。
予約は現状、予約サイトのOMAKASEからとなっているが、休業期間中に入っていた予約分の振り替えが優先となるそう。そのため、当面の間は予約困難な状況が続く可能性があるが、運よく空きが出るタイミングもあるかもしれないので、諦めずにチャレンジしたい。晴れての移転オープンを迎え、さらなる進化を見せる唯一無二の薪焼き鳥からますます目が離せない。
※価格は税込