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〈秘密の自腹寿司〉
高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
教えてくれる人
猫田しげる
20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」(手帖好き?)などで記事執筆。めったに更新しない猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」。
「鮨 まつ井」の2号店は、ワンランク上のカウンター寿司
2022年6月「鮨 まつ井」が2号店を出店。本店は握り1カン220円~、コースでも4,400円~とカジュアルラインでしたが、2号店の「鮨 Matsui はなれ」はコースのみ。ちょっとアッパー層をターゲットにしたカウンターオンリーの店です。
場所はお初天神のすぐ裏。スナックやバーが入る「日宝パティオ曽根崎ビル」5階にあり、本当にここに寿司屋があるの~?と疑わずにはいられません。
恐る恐る扉を開けると、これまたバーのようなスタイリッシュ空間! テーブル席もあり酒場使いができる本店とはガラリと雰囲気が変わります。
料理長の西見明さんは、本店でも付け場を守った後、「はなれ」の親方に。生まれは東大阪市ですが親の転勤で東京に住み、アメリカの大学を卒業後、東京で30年寿司修業したというユニークな経歴の持ち主です。人形町の老舗「たぬき鮨」に始まり、「銀座 久兵衛」でも腕を磨きました。
猫田さん
余談ですが西見さん、めちゃくちゃ面白い人で、帽子の中は「チョンマゲ」なんですよ! 写真撮れば良かった……。
本店はマグロに特に自信があり、店長・吉川真広さんの知る卸店から仕入れる本マグロを使用。「はなれ」でも本店と同じルートでさまざまな魚種を仕入れますが、西見さんの東京時代のツテもフル活用しています。例えばコハダが入らなければ豊洲から空輸で。ウニは北海道の礼文島、金目鯛は銚子など「旬のものを旬な産地から」にこだわっています。
大トロかと思ったら霜降り牛だった。コースの目玉は牛肉……⁉
コースはおまかせ2種のみ。「おためし」として16品8,800円のコース(それでも品数多い)と、お店の真骨頂を堪能できる20品14,300円のコースがあります。
猫田さん
前までは8,800円1本だったのですが、接待利用のお客さんから「もうちょっと値段張る方が恰好がつくから高いコース作って」とオーダーが多かったそう。まさかの逆クレームですね!
今日は14,300円コースから数品をご紹介。松茸の土瓶蒸しに始まり、赤海老ウニソースと高級食材の2連発。そしていきなり取り出したのは……。
脂が乗りに乗ったマグロの大トロかと思いきや「黒毛和牛です!」。実はこのコースのウリが「牛しゃぶ」と「肉寿司」だそうで、まずは牛しゃぶから。すっごいサシが入ったロースを分厚く切り分けています。
肉は鹿児島産黒毛和牛のロース。すでに低温調理済なので、本当は火を通さなくても食べられるそうです。
鰹と昆布の出汁を沸かして、さっと肉をくぐらせます。西見さん、「しゃ~ぶしゃ~ぶ♪」と言いながら箸を動かしていますが、カウンターなのにこんなフランクな寿司屋さんってあんまりないですよね(笑)。
ピンク色になったら、くるくると巻いて鍋の出汁に浸します。上にはワサビ。この一皿で1,000円はしそう(下世話ですみません)。
出汁をすすると利尻昆布の旨みが前に来て、和牛香もしっかり感じられ、汁物としても楽しめます。肉はしっとりとやわらかく、けっこうな厚みがあるのに口の中ですっととろける。あと3~4枚は欲しいところですが、次々出てくるので1枚が適量なのでしょう。
最近流行りのアワビ肝ソースも、「まつい」流に一工夫
むむっ。和牛の後に登場したのはアワビ様ではありませんか。こちらは、アワビの酒蒸し肝ソース。けっこう最近の寿司屋さんではこの料理を見るんですが、こんなに厚切りにしているのは初めてです。普通はもっと薄~くスライスしています。「食べ応えあった方がいいでしょ。ブツ切りしちゃってます!」と西見さん。やわらかいので余裕で噛み切れます。
肝ソースも店によって味が違い、生クリームをたっぷり入れてフレンチのソースのように仕立てるものもありますが、こちらはしっかりアワビの肝感を残したペースト系。最後に酢飯を入れてリゾットにする、これもお決まりです。正直、丼いっぱい食べたいです。
猫田さん
肝ソースは、アワビの肝をこして、卵黄と生クリームを少々、醤油、アワビ酒蒸しの出汁と合わせて作るそうです。仕込みも大変ですね~!
料理4品の後は、ひとまず握りへ。白身魚の次に登場したのは、ピンクを通り越してほぼ白い大トロ。出ました、和歌山の一本釣りマグロ! その日の朝獲れたものを直送してもらい、冷蔵庫で「氷熟成」するんだそうな。旨みが凝縮され、脂も落ち着いています。
そうそう、シャリにもかなりこだわりが。12種ほど試したお米の中から「これがウチのネタに合う!」と選び抜いた宮城産ササニシキの3年ものの古米を、温度管理に気を使いながら土鍋で炊くそう。昔の寿司屋さんは古米を使うのが定番でしたが、今はあまりないようですね。
酢は米酢、赤酢、そしてリンゴ酢(!)のブレンドで、本店と全く違う酢飯なのだとか。さらに凄いのが醤油で、魚に塗った後の刷毛をそのまま醤油壷に戻し、継ぎ足して使います。こうすることで魚の旨みや脂も加わり、どんどん味わいを増していくのです。
真っ黒なシャリ! 本店にはない名物握りとは……
ご飯が焦げてるよー!と言いそうになりましたが、これはイカスミを混ぜた黒シャリ。本店にはない黒シャリは「イカウニのせ」のためだけに炊いています。「はなれ」の名物握りの一つでもあります。
「跳ねるだけ跳ねさせてます」と剣先イカを完膚なきまでに飾り切りにし、ウニをこんもりと。この日は北海道礼文島のキタムラサキウニでしたが、バフンウニの時期もあります。
淡雪塩という大粒の塩を華麗に振らせる様子を見ていると、ハマショーの歌が脳内再生されます。こんなにかけてしょっぱそう!と思いますが、尖った塩気はなく、シャリシャリと食べられる塩なんです。
イカスミの酢飯、食感弾けるイカ、磯の香りのウニが口の中で三位一体に。この贅沢な一口の味を永遠に胸にしまっておきたい。
ここまで少し尺を取り過ぎてしまったので駆け足でいこうと思います。
次は、サーモン握り。貴重な国産です。江戸前では通常サーモンを入れないのですが、鳥取産の良いサーモンが手に入ったので握りにしたのだとか。国産はやはり、色もきれいなオレンジで、脂もしつこくなく、鮭本来の香りがします。
猫田さん
言い忘れていましたが器にも相当こだわっており、ガラスの付け台で寿司が輝いて見えるように工夫しています。いよっインスタ映えの猛者!