今年5月にオープンした「クイント」は中目黒駅からも池尻大橋駅からも徒歩15分以上、住宅街の中にあり、店なのかすらわからないような佇まいにもかかわらず食べログ点数がすでに3.7以上という知る人ぞ知る人気店。いったいどんな料理が振る舞われるのか、その謎に迫ります!

知っていたら間違いなく自慢できる店が住宅街にオープン!

アンティーク調にこだわった外観

目黒区東山の住宅街に看板もなく、特に宣伝もしていないのに毎夜グルマンたちが集まる店がある。「食べログ」ではオープン3ヶ月にして点数は3.7を超える快挙を成し遂げている。つまりレビュアー全員の評価が非常に高いということだが、少しでも食に興味があれば完全会員制イノベーティブレストラン、広尾「トレイス」の河島英明シェフが監修し、和食とイタリアンで長年研鑽を積んだ今井恒三シェフが腕を振るうと聞けばこれは納得だろう。

クイントはラテン語で5番目という意味を持つ

扉に書かれた「5(クイント)」という店名は“五感を刺激するように”というコンセプトから生まれた。さらに5という数字は“ご縁”という縁起の良い言葉を連想させ、入る前から何だかワクワクしてくる。

外観と内観のギャップに気分もあがる

中へ入るとレトロな雰囲気の外観とは一変、カウンター6席のシックでモダンな空間が広がる。なぜか友人宅に招かれたような居心地の良さを感じるのはここが料理研究家のサロンだったせいかもしれない。コース料理は18時ドアオープンで18時15分一斉スタート、21時半過ぎからはアラカルトで楽しめる。

今井恒三シェフ

提供するのは店の雰囲気に合わせた和のテイストを強めにしたイノベーティブ料理。おまかせのコースは9品で19,800円(税込)だ。メニューは河島さんと今井さんとで考案している。「トレイス」はスペシャリテの「レタス」に代表されるように単一の食材を突き詰める引き算の美学に対し、「クイント」は2つの食材を組み合わせることで双方の魅力を引き出す掛け算の料理だ。そのできたてのいちばんおいしい瞬間を口にできるのはカウンターならではの特権。

「見て、触れるとどう調理してあげたら良いかわかる」と今井さん

それらの食材は長年の付き合いの中で今井さんが求めているものをわかってくれる業者から仕入れている。その食材を最大限に活かすためにどう調理して形にするかが料理人の仕事だという考えから、食材は可能な限り作り置きせずにその場で調理する。それができるのは試作を何度も繰り返し食材を理解することと、長年の経験による調理法の引き出しの多さにある。その渾身の料理をいくつか紹介しよう。

化学変化から生まれる未知の味との遭遇

本日使用するのはボタン海老

まず紹介するのは「海老のカルパッチョ」だ。ボタン海老は火を入れることによって甘みと香りが際立つことから、今井さんは一番良い温度を探り火入れしてからカルパッチョにする。また頭や殻でオイルを作り、身をマリネしたり、ソースにしたりと、この1尾丸ごと使った一皿に仕上げている。

「海老のカルパッチョ」

海老オイルをまとったボタン海老の身に海老の殻とトマトだけでビスクを作り、とろみを利かせ甘さを出したソースをたっぷりとかけ、細かく切ったしば漬けをあしらう。海老の甘みがとことん引き出されたこのソース、酸味の強いトマトを使うことで甘さをさらに際立たせている。これも2つの食材の化学変化だ。

シンプルに見せて食べると複雑妙味に驚く

ねっとりとしたボタン海老にこのソース、香りと甘みとうまみが交錯し、しばらく余韻となって残る。「おもしろいことにできたてじゃないとこの味が出ないんですよ。1時間後には海老のにおいが強すぎておいしくないんです。だから作り置きはできません」と、まさに“瞬間を食べる料理”だと話す。

神奈川県産の太刀魚

あらかじめメニューの構成は作っているものの最終的にどう調理するかは身の締まり具合や脂ののりを実際に感じてからだ。太刀魚の瑞々しさを活かせるフライをイメージしていたところ、大きさも脂ののりも最適。さっそく適度な大きさにカットし、ライスペーパーで包む。こうすることで油で揚げると同時に蒸されて身の水分が保たれふっくらと仕上がる。

1度揚げした状態

米粉と溶き卵とパン粉をつけたらはじめに高温で揚げ、少し寝かせて中に火が入るのを待ってから仕上げに再び揚げて表面をカリッとさせる。

ウスターソースは醤油のようにサラッとしたテクスチャー

箸でつまみ頬張るとサクッと音がして中からふわふわの次に熱々、そしてカリカリが順に訪れ、口を楽しませてくれる。なんという食感! そのままでも十分おいしいのだが、今井さんが「こんな味わいのソースがあったら良いのに」と作った、リンゴやリンゴ酢、トマトに香味野菜を贅沢に使った完全無添加のウスターソースが加わると太刀魚のうまみが一層際立つ。これも2つを掛け合わせることで生まれる化学変化だ。

スペシャリテは限りなくレアで食べる最上級のハンバーグ

見島牛とオランダ原産ホルスタインを交配させた「見蘭牛」

メインはスペシャリテのハンバーグ。今井さんは塊肉を手切りするところから始める。本日はサシの入り方がハンバーグにベストな山口県産「見蘭牛」のランプを使う。つなぎは一切なし、下味に塩だけを振る。

パン粉をつけることで肉汁を逃さない

特長的なのはパン粉を表面につけて焼くことと、40℃で湯煎をしながら肉を練って中心の温度を先に仕上げてしまうこと。よって、フライパンでほんの2分ほど表面を焼くだけで限りなくレアなハンバーグが完成する。「冷たい状態で肉を焼くと中心に火が入るまで時間がかかり周りに火が入り過ぎてしまいます。せっかくのおいしい和牛なのでレアで仕上げたいという発想からうまれました」と今井さん。添えたのはオリジナルデミグラスソースと山口県萩の橙を使い白醤油で仕上げたおろしポン酢だ。

パン粉をつけるハンバーグとは名古屋で出合った

これほどまでに肉のうまさを表現したハンバーグがあっただろうか。カリッとした食感の先に口溶けの良い究極とも言える肉のうまみが縦横無尽に広がってくる。斬新で美味! 誰もが知っている家庭料理に新たな感性をまとわせたスペシャリテに相応しい一皿だ。このあとに炊き立てのご飯が供される。これが2つ目の食材かと思いきや、プラスワンは別にあると言う。それが何であるかは訪れた時の楽しみのために秘密にしておく。

カウンターの上には必要最低限のものしか置かれていない

今井さんは調理の所作が美しい。「最大限仕込みはしないけれど段取りはものすごく考えています。例えばフライ用の卵を溶いておくことは味に支障がないため予め準備しておきますし、調理器具も配置しておくので余分な動きがなくなります」と今井さんが言うように、ほとんどの料理がゼロから作られているのに、カウンターに座っていると待たされている感じがまるでしない。むしろ流れるような作業からみるみるうちに皿の上に“おいしい”が描かれていく光景が楽しめ、その一皿一皿にはミニマルながらさまざまな料理を作ってきた経験を生かしたアイデアに満ちている。センスが冴える大注目のイノベーティブレストランが誕生した。

文:高橋綾子
撮影:溝口智彦