【森脇慶子のココに注目 第46回】「加藤牛肉店 小川のうに」
一体いつからだろうか、“ウ肉”なる言葉が生まれたのは。“ウ肉”とは、その名の通り、肉、それも牛肉とウニを組み合わせたメニューのことで、筆者の知る限りその嚆矢は、勝鬨橋の立ち飲み割烹居酒屋「かねます」だったように思う。おそらくこの店の、かのジョエル・ロブション氏も絶賛したという“生ウニ牛肉巻き”に端を発し、焼肉店をはじめ肉割烹や寿司店を中心に広まっていったのではないだろうか。
そして、その最強タッグとも言える一軒が誕生した。この3月にオープンしたその名も「加藤牛肉店 小川のうに」がそれだ。あまりにどストレートな店名に、かえってその自信のほどがうかがえよう。片や、牛肉ラバーなら知らぬ者はいない山形牛専門の精肉店「加藤牛肉店」、一方のウニは、高級寿司店御用達の「小川のうに」と、山と海の両横綱によるコラボレーションと聞けば、食指も動こうというものだ。
「小川さんと知り合ったのは、今から8年ぐらい前のこと。2人とも車好きで、それを知る先輩のタイヤ屋さんの紹介でした。実を言うと、それまでウニってあまり好きではなかったんですよ。ちょっと苦いというか味に違和感があってね。でも『小川のうに』は、甘くて嫌な味が全くなかったんです。何故だろう?って思っていたら、ウニにミョウバンを使っていないからなんですね。ウニの自然な味がしておいしかった。で、すっかり意気投合。2人で何かやろうかっていうことになったわけです」と語るのは、加藤牛肉店3代目の加藤敦さん。
最初の共作は2015年。あの寺門ジモンさん主催によるデパートの催事で、ジモンスペシャルの「サーロインステーキ&うに丼」を販売したのが口切りだったとか。互いの食材をリスペクトしていればこそ、タッグを組んだのだろう。
さて、今注目の「東京ミッドタウン八重洲」3階に看板を掲げた同店。ビルのテナント店でありながら、どこか会員制のレストランを思わせる外観に、一瞬戸惑いそうだが臆することはない。扉を開ければ、そこはモノトーンでまとめたこぢんまりとした空間。カーブを描くようにしつらえられた鉄板のカウンター席は、僅か6席のみ。目の前で肉や魚介が焼き上げられていく様子を目の当たりにできるここが特等席だ。
もちろん牛肉は、ご主人の加藤さん自らが吟味し、さばいた山形牛の処女牛のみ。それも、寒暖差があり、水のおいしい山側で育てた牛だけを仕入れているそうで、聞けば、生産者の元に足繁く通い、餌や飼育方法まで共に研究してきたのだとか。
曰く「うちで扱っている牛肉は、だいたい飼育日数33〜35カ月ほど。最近は、牛が巨大化し大きくなるとサシも増えてきて、一見、見事な霜降りになるんですが、実は、そのサシは繊維化してしまっていて、肉が硬い。うちが仕入れている山形牛は、枝肉にして400~420kgぐらい。肉付きの良い本来の雌の形をした牛を選んでいます」とのこと。
一方、北海道厚岸の浜中町に本社を持つ小川水産のウニは、同じ北海道でも、春から夏にかけてはオホーツク、夏から秋にかけては道北・道南、秋から春にかけては道東というように、季節季節で一番旬の地域のウニを採取。従来の検査より徹底した衛生管理ができる国際的衛生法HACCP(ハサップ)を導入して品質を管理。酸化を防ぐ“窒素水”とミネラル豊富な“らうす海洋深層水”を使うことで、ウニ本来の旨味を損なうことなく新鮮な状態で加工。質の高さを誇る一級品だ。
この生ウニと加藤牛肉店謹製の自家製生ハムに名物の自家製コンビーフを盛り合わせた前菜から始まるコースは、2万円から。ミョウバンを使わぬウニは、ナチュラルな甘味と濃い旨味が後を引く。
また、人気のコンビーフは、塩漬けにした山形牛を8時間ほど煮込んだ後、機械に頼らず手でほぐして作る逸品。しっとりほぐれるデリケートな食感に加え、繊維一つ一つから上質な肉の旨味がにじみ出るよう。それも、脂が少なくゼラチン質の多い肩肉を使っているがゆえだろう。
続いて「山形豚ベーコンと野菜のスープ」でひと息ついた後「山形牛ハンバーグ」から、いよいよ鉄板焼きがスタート。ゲストを前に、手さばきも鮮やかに肉を焼いていくのは、ホテル出身の武田敦朗料理長。鉄板焼き歴18年のベテランだ。
ハンバーグももちろん山形牛100%。とはいえ、そこは肉を知り尽くした加藤さんのこと、意外にも「肉味の濃いすね肉をメインに使っている」そうだが、その食感は実にエアリー。聞けば、コンビーフ用の肉をゆでた時に出るスープを加えているそうで、塩胡椒のみの味付けがかえって肉本来の旨味を感じさせている。
さて、お次はいよいよコースのクライマックスのステーキが登場。加藤さん渾身の肉を、見事なステーキへと昇華させるのは、もちろん武田敦朗料理長。「加藤さんの牛肉は焼いている時の香りから違います。デリケートなおいしさですね。肉質が良いので火の入りも良く、それだけに油断のできない肉でもあります。ちょっとでも目を離すと一気に(火が)入りすぎてしまいますから」と武田料理長。肉の甘みがより引き立つよう、ミディアムレアからややレア気味に焼いているそうだ。
目の前で手さばきも鮮やかに肉や野菜を焼きあげていくその臨場感も、ここではご馳走の一つ。派手なパフォーマンスこそないものの、肉から出る脂や焦げをこまめに布巾で拭きとり、鉄板を常に綺麗な状態に保ちつつ焼くことが美味なるステーキに仕上げるコツとも言えそうだ。
しかも、甘味を補う隠れ技が脂。通常は腎臓周りにつくケンネ脂を使うが、同店ではクリーミーで甘い香りのする乳周りの脂を使用。このあたりにも精肉店を生業とする加藤さんならではの見識が活かされている。
写真は2万円コースのステーキで、サーロイン80gとランプ肉が60g。食べ比べを楽しめるのも心憎い配慮だろう。
コースの掉尾を飾るご飯ものも見逃せない。鉄板焼きステーキの〆といえば、ガーリックライスが定番だが、少し舌をリセットしたい向きには「タラバ蟹の鉄板ライス いくら添え」がいい。
鉄板の上で、ジャッジャッという快音と共に炒め上げられていく炒飯の香ばしさ! 加えて、最後にトッピングするいくらの色鮮やかさにも食欲をそそられるに違いない。「タラバ蟹の鉄板ライス いくら添え」が選べるのは2.5万円のコースからだが、プラス料金を追加することで「山形牛ガーリックライス」から変更できる。
また、ウニと牛肉のマリアージュを思いっきり味わいたいなら、ランチタイムが狙い目だ。ランチにのみ提供している「うしうに重」は、その名の通り、ウニとイチボのローストビーフが満載!
低温調理で火を入れた後、炭火で炙ったローストビーフはしっとりと柔らかく、ウニの甘みと同調するかのように口中でとろける。トッピングのウニは、たっぷり50gの大盤振る舞い。「100g 3万円のウニを使っているからね。11,500円はお値打ちだと思うよ」と加藤さん。それゆえ、1日に限定10食。早めに出かけたい。
※価格はすべて税込