【森脇慶子のココに注目 第45回】「焼鳥 髙はし」

不思議なもので、焼き鳥店のご主人にはなぜか焼き鳥ラバーが多い。「焼鳥 髙はし」のご主人・髙橋哲生さんも、その一人だ。日々、鶏を焼いていながら休日ともなれば、自ら進んで焼き鳥を食べに行くそうで「焼き鳥に限らず、鶏肉自体が大好きで、毎日食べても飽きないですね」とのこと。

店主の髙橋哲生さん

まさに“焼き鳥職人は天職”といった体の髙橋さんだが、焼き鳥修業に入ったのは10年前。33歳からとその職人歴はさほど長くない。以前はビルのメンテナンス関係の会社に勤めていた髙橋さん。だが、生来の焼き鳥好きが昂じて一念発起。30代にして脱サラし、飲食の世界へと舵を切ったわけだが、後押しとなったのは、とある焼き鳥店。

「会社員時代から、仕事帰りや休みの日などことあるごとに焼き鳥を食べ歩いていたのですが、当時、学芸大学にあった『串右エ門』(現在は麻布十番)の焼き鳥の旨さに衝撃を受けました」と、髙橋さん。ずっと心の奥底に疼いていた思いが、それをきっかけに噴き出たのだろう。

早速、五反田「よし鳥」の門戸を叩いたという。食べ歩いていた数々の焼き鳥店の中で、同店の主人・吉本憲司氏の焼く青森シャモロックの正肉がダントツの旨さだったからだ。ここで2年間、肉の捌き方や串うちなど焼き鳥のイロハを学び、学芸大学「鳥おき」で“焼き”を修練。そして、修業の仕上げにと訪ねたのが、ミシュランの星を守り続ける目黒の名店「鳥しき」だった。

折しも、姉妹店の「鳥かど」がオープンした頃で、ご主人の池川義輝氏からは、即戦力として「鳥かど」に行くよう指示を受けることに。その「鳥かど」で5年間、そのうちの3年は2代目大将として存分に腕を振るい、2022年10月、満を持して独立を果たしたわけだ。

新天地に選んだのは日本橋。高島屋のすぐ裏手のビルの2階、エレベーターを降りれば“焼鳥 髙はし”の看板が出迎えてくれる。店内は、L字形のカウンターが10席のみ。焼き場に立つのは髙橋さん一人とあらば、クオリティを保つには、これが精一杯のキャパシティだろう。

料理は「鳥しき」同様ストップ制のおまかせコース。鶏も同じ「伊達鶏」?と思いきや、メインに使っているのは神奈川の「丹沢滋黒軍鶏」。趣味のツーリングの途中で見つけたそうで「平飼いの養鶏場があるというので見学に行ったところ、これがすばらしくて。完全無投薬で飼料にも気を配り、本当に丁寧に育てている。そして大切に扱っているんです。たとえば、怪我をした鶏は通常なら処分してしまうのですが、ここでは隔離して育て、自分達の賄いにするなど命に敬意を払ってきちんといただく。そうした姿勢に、鶏好きとしては、感銘を受けました」とのこと。

もちろん、味の方は言わずもがな。とうもろこしを中心とした自家製発酵飼料や三浦半島のミネラルたっぷりのひじき、そして丹沢山の天然地下水を与え、120日以上かけて育てた軍鶏は、引きしまった身質としなやかな弾力性、赤身肉を思わせる旨みの余韻が特徴。主に塩系の串に丹沢滋黒軍鶏を使っている(ちなみにタレ系には柔らかな伊達鶏を使用)そうで、中でも、髙橋さん渾身の一本は、コースの最初に出す「ねぎま」。丹沢滋黒軍鶏の上腿肉の間にネギを挟んだ一串だ。

ねぎま

焼き鳥店ではおなじみの一串だが、火の通りの異なる素材を、同時にベストの状態に焼き上げなくてはならないこのねぎま、上手に焼くのはなかなか難しい。ともすればネギが生焼けだったり、あるいは焼きすぎで鶏のジューシーさが失われたりするからだ。が、目の前に置かれた焼きたてのそれは、皮はこんがり狐色。手にしたそばから肉汁が滴り落ち、シズル感たっぷり。パリッと香ばしい歯ざわりの皮に対し、心地よい弾力のある腿肉は咀嚼の度、旨味がほとばしる。

修業先の一つ「よし鳥」の正肉を彷彿とさせるおいしさだ。しかも、ネギもアグレッシブ。鶏油を塗りつつ乾燥させぬように焼いているからだろう、腿肉の食感に負けていない。髙橋さん曰く「皮からじっくり焼いています。皮を7~8分(ぶ)、肉を2~3分ぐらいのイメージでしょうか」とのこと。火は強めの中火をキープしつつ、空気孔の開けしめや、炭の置き方で火加減を調節。自らの理想とする焼きを目指している。その焼きの手法は、修業先の「鳥しき」とは一風異にしている。

炭台いっぱいに炭を置き、炭との距離感を短くして、串を絶えず返しながらエネルギッシュに焼いていく池川流に対し、髙橋さんの焼きは比較的静かだ。だからといって肉を休ませるわけではない。焼きあがりがベストの一瞬を逃すまいと、肉の色づいていく様子や焼ける音、香り等々五感を研ぎ澄ませ、じっくりと鶏肉と対峙しているのだ。

だき身

みっちりとした肉質と旨味、皮のジューシーさが秀逸な「だき身」、肉汁を逃さぬようきりたんぽ形にした粗挽き感たっぷりの「つくね」などなど。野菜串も含めて大体15本前後が登場するコースは(ストップ制ゆえ、食べ方によって変わるものの)12,000円(税込)~。

つくね

串の合間には、肉味噌が出色の生野菜や自家製鶏レバーパテ、ポテサラなどの口直しが肉に疲れた舌を、タイミングよくリセットしてくれる。

鶏胸肉の冷製

中でも、コースの幕開けを飾る「鶏胸肉の冷製」は、丹沢滋黒軍鶏のポテンシャルがさりげなく光る佳品。低温調理の優しい火入れが味の要となっている。

〆の親子丼

〆の食事は親子丼かそぼろ丼をお好みで。中でも、兵庫県のこだわり卵を使った親子丼は、黄身と白身を時間差で加えてとろみ感を際立たせた力作。卵かけご飯感覚でかき込みたい。

更に、コースの掉尾を飾るスープも優れもの。サービスとは思えぬ手間のかけようで、ただの鶏ガラスープではなく、大山どりでとったコンソメを足しているのだ。

スープ

「丹沢滋黒軍鶏を6時間ほど炊いてスープをとっていますが、それだけでは少し旨味が物足りない気がしたので」との言葉通り、アツアツで供されるそれは、クリアでいながらも深いコクを感じさせる。コースの締めくくりにふさわしい味わいだ。

「塩串も好きですが、サラッと仕上げたタレも楽しんでほしい」と語る髙橋さん。焼き鳥ラバーらしいひと言だろう。

撮影:佐藤潮

取材:森脇慶子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部