手の込んだ鳥料理を、選りすぐりの日本酒とともにじっくり味わいたい「焼鳥 㐂た」

三軒茶屋と池尻大橋の狭間、三宿界隈は、昔から感度の高い文化人らが集う大人の街。中でも、三宿交差点から世田谷公園に続く三宿通りは、人気のベーカリーやお洒落なカフェが点在するグルメスポット。ここにまた一つ、気になる一軒がオープンした。今年7月、産声をあげた「焼鳥 㐂(き)た」。ここは、荻窪で15年続く焼鳥居酒屋「酉の 荻窪店」で修業を積んだ中村洋輔さんが始めた焼鳥と日本酒の店だ。

奥に座敷の個室はあるものの、焼鳥は、やはりかぶりつきのカウンターが特等席。人懐っこいご主人中村さんの笑顔に出迎えられれば、一見客でも一人でも大丈夫。ふっと心が解きほぐれるに違いない。

店主の中村洋輔さん

「焼鳥の世界に入ったのは、18年ほど前のことです。荻窪の『酉の』が、まだ池袋にあった頃」だそうで、当時の「酉の」は、焼鳥もメニューにあったものの、焼鳥店というよりは“焼鳥も出す居酒屋”といった体だったとか。それが、荻窪への移転と共に焼鳥に特化。中村さんも店で働きながら親方と共に焼鳥を究めていったという。

「焼鳥って一串で料理が完成されるでしょう。だから、シンプルなようで、その実、繊細で奥が深い。そこのピンのおいしさを狙って、お客様に喜んでもらえたらいいな、と思っています」と中村さん。確かに、焼鳥は、焼きの技術はもとより、肉の繊維の方向を見極めたうえでのカットや串打ち、炭の組み方等々、細部にわたる細やかな心配りが出来上がりの味を左右する。

外はカリッと中はふっくら。紀州備長炭で焼き上げるシャモ

その目指すところは「旨味を閉じ込めつつ、外はカリッと焼きあがった鶏」だそうで、それゆえ選んだ熱源は紀州備長炭。火力が強いうえ、遠赤外線効果で中がふっくらしっとり仕上がるからだ。

長野の信州黄金シャモ

中村さん自ら足を運び、その目で確かめ、納得して選んだ鶏は、青森シャモロックと長野の信州黄金シャモの2種。曰く「どちらも鶏舎の飼育状態が素晴らしく、処理場の衛生管理もしっかりしていて、これなら健康でおいしい鶏に育つはずだ、と確信しました」とのこと。共に身のしまったしっかりした歯ごたえの肉質で、シャモの血をひけばこその旨味の濃さが特徴だ。これらを、中抜きの状態で仕入れて店で捌き、自ら串を打つ。

メインのコースはおまかせ6,600円、ショート4,400円もあり

現在、サービスを手伝うスタッフがいるものの、調理はワンオペ。18時の開店と同時に、日々中村さんの奮戦がはじまる。できるものは、6,600円のおまかせコースのみ(21時以降の入店の方のみ4,400円のショートコースあり)。このコースがなかなか手が込んでいる。

低温調理でしっとり仕上げた冷製レバニラ

焼鳥の合間に、炙ったささみの酢味噌かけや鴨のテリーヌ、鶏のリエットやトマトをのせたブルスケッタなどの小皿メニューが登場。舌を楽しませ、酒盃を進ませる。

とはいえ、本命はやはり焼鳥だろう。まず、一串目の胸肉に頬が緩む。パリッと理想的な歯触りの皮に、程よい弾力のある肉は柔らかいだけではなく心地よい歯応えがある。噛み締めるほどに滲み出る旨味は、シャモ系の鶏ならでは。

胸肉

その後、レンコンや銀杏といった季節の野菜串を挟みつつ、ハツやセセリ、ぼんじり、砂肝といった各部位が次々と繰り出されていく。

中村さん曰く「今日は胸肉が黄金シャモ、セセリは西崎ファームのかすみ鴨で腿ねぎまは青森シャモロック」だそうで、どの鳥のどの部位が出てくるかは、その日その日で様々。胸肉、腿肉、ふりそで、手羽先あたりはほぼ定番だが、内臓等の希少部位は、その時々で随時変わると心得よう。運が良ければ、鶏の白子のような珍品を味わう幸運に巡り合うこともある。

定番の串にも一工夫。コース終盤には鴨を使用した一品も登場

胸腺(写真奥)と、はつもと(写真手前)

柚子胡椒がアクセントのふりそでは手渡しで。五平餅状のつくねは半熟に仕上げたう玉と共に提供するなど、王道の焼鳥をさりげなくアレンジして新味を演出。

う玉(写真奥)と、つくね(写真手前)

特につくねは、そのまま別々に食べるもよし、半熟状のうずらの黄身をつけて食べるもよし。お客様のお好みでどうぞ、というスタンスも食いしん坊にはうれしい配慮だ。

コースの終盤には、中村さん肝入りの西崎ファームのかすみ鴨を使った一皿がお目見えする。このかすみ鴨、放し飼いゆえの引き締まった身と豊かな旨味が特徴で、鴨特有の臭みも皆無。取材日は、これを、すき焼き仕立てにアレンジ。低温調理でしっとりと火を入れた鴨ロースに甘辛のタレを絡めつつ、卵黄につけていただく一皿で、思わず白飯を呼ぶこと請け合いだ。

が、ここでは是非日本酒を。中村さんのおすすめは「やはり小左衛門ですね。しっかりした鳥料理に合うように、カスタムして醸造しているので間違いないと思います」とのこと。

日本酒は、4合瓶入りの純米吟醸スパークリングから都内の焼鳥店十数軒にしか取り扱いがない小左衛門焼鳥ラベルまで、選りすぐりの日本酒が、常時ざっと50種余りもそろっている。それも、中村さんが、酒好きの店主が集う『酒狂會』のメンバーと聞けば納得(修業先の「酉の」の親方は『酒狂會』のリーダーだったとか)。気さくなご主人と日本酒話をつまみに一献傾けるのも、また、一興だろう。

※価格は税込、サービス料別

撮影:大谷次郎

取材:森脇慶子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部