〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

自然派ワイン未開の地・葛西に誕生

アネモネの外観。外にはハーブ園がある

ここ数年、都内で自然派ワインを楽しめる飲食店が増えているが、東側エリアは長らく清澄白河までとされてきた。しかし、2020年に葛西に「ANEMONE(アネモネ)」が業態変更してオープン。訪れる客は、東側エリアに住む人はもちろん、半数は都内のほかのエリアからわざわざ足を延ばす人だという。

オーナーシェフの岡田豊樹さん

2013年にオープンしたアネモネは、当初40席あるカジュアルなイタリア料理店だった。しかし、コロナ禍でスタッフが退職したのを機にオーナーシェフの岡田豊樹さんが一人でキッチンに立つ店としてリニューアル。本当にやりたかった料理を追求し、発酵食を中心にしたおまかせコース(ディナー7,700円、土曜ランチ5,500円)のみの限定8席のレストランに生まれ変わった。

手作りの発酵食品や発酵調味料が店内にも並ぶ

コース料理の味の決め手になっているのが自家製の発酵調味料。「発酵食品って、おばあちゃんの手仕事でもありますよね。そういうものを食材として魅力に感じました。料理自体はパスタをだし汁であえたりしていて、和も意識しています。自分でも初めて作る発酵食品や調味料があって、料理とのかけ合わせがおもしろいですね」と岡田さん。

アネモネのカウンター席

飲み物は、岡田さんも好きだという体にスッとなじむ自然派ワインが中心。発酵食と合わないわけがない。ペアリングコースはないが、料理に合わせておすすめのグラスワインを選んでもらえる。また、アルコールが飲めない人向けには(酵素ドリンクの)コンブチャをベースに自家製シロップを足したノンアルコールカクテルが5〜6種類用意されている。

ロゼ色のスープとワインの甘酸っぱい出会い

おまかせコースはその時期に合わせた料理が7品、提供される。1品目は「ビーツのスープ」。ロゼ色のスープには、ビーツと乳酸発酵させたプラムとスイカと、三つの食材が溶け込んでいる。乳酸発酵させたプラムは梅干しのようになるため、塩や砂糖は一切使われていない。にもかかわらず、さわやかな甘味や酸味、しょっぱさが混じりながら、味わい深く体に染み込んでいく。

アンダース・フレデリック・スティーンのニュー・ピーチ・オン・ザ・ブロック2020(グラス1,200円、ボトル7,200円)

スープにワインを合わせるのは難しく思われるが「意外にもおすすめの組み合わせ」と岡田さん。似たもの同士のペアリングとして合わせていただいたフランス・ローヌ地方のロゼワインは、イチゴジュースのよう。甘酸っぱさがすいすい入ってくる味で、スープと合わせると食欲が高まってきた。

鹿肉は旨みの強い黒ニンニクと赤ワインで

スープの後は、前菜、魚料理、肉料理と続く。肉料理は「鹿肉のローストいちじくのソース」。付け合わせには栗の渋皮煮と黒ニンニク醤油麹ペーストが添えられていた。クセのない鹿肉が、甘みのあるいちじくソースやコクのある黒ニンニクで味付けされ旨みをアップ。特に黒ニンニクはフルーティーな味噌のような感覚で日本人にとって懐かしくも新しいおいしさがあった。

ドメーヌ・ローラン・バーンワルトのピノ・ノワール2019(グラス1,200円、ボトル7,200円)

鹿肉のローストに合わせたいおすすめは、フランス・アルザスのピノ・ノワール。「いちじくのソースには、香りのいい上品な赤ワインがよく合います」と岡田さん。赤ワインは、香りにイチゴなどの果実の凝縮感がありながら土のニュアンスも感じる複雑さ。味わいにも果実の旨みや透明感があって、えぐみのないところが赤身の鹿肉にぴったりのマリアージュになっていた。

沖縄そば感覚のパスタはフリッツァンテと

コースの〆に出されたのは「イワシととろなすのパスタ」。基本的にはシンプルなパスタが多いというが、この日のパスタは岡田さんいわく「こってりした二郎系」。パスタと具材をあえるときに使われていたのは、だし汁と沖縄のコーレーグースという島唐辛子を泡盛に漬けた調味料。パスタには歯応えのあるタイプが使われているため、まるで沖縄そばのような新感覚のパスタ料理だった。

コル・タマリエのヴィーノ・フリッツァンテ2020(グラス1,200円、ボトル7,200円)

オイル系のこってり沖縄味のパスタには、イタリア・ヴェネト州のグレラ主体の白ワインをペアリング。微発泡のフリッツァンテだが、フレッシュなだけでない魅力がある。はじめはすっきりとしたレモンっぽさがあるが、いろいろな品種が混ざっており、かつマセラシオン(醸し)されているため、後半になるにしたがっていろいろな味わいが出て余韻も長い。とても充実感のあるマリアージュだった。

岡田さんの「私が恋した自然派ワイン」

岡田さんが恋した自然派ワインは、クローチのヴァルトッラ・ビアンコ2020(グラス1,200円、ボトル7,000円)

岡田さんは自然派ワインのなかでもオレンジワインがお好み。最もお気に入りはとろりとした質感のあるクローチのヴァルトッラ・ビアンコ2020。

「オレンジワインを飲み始めた頃にこのワインに出会って、華やかな香りととろりとした質感がとても好みでした。ほかにもいろいろな地域のオレンジワインを飲んでみると、イタリアのエミリア=ロマーニャ州のマルヴァジーア・ディ・カンディア種で造られたオレンジワインはこの共通の味わいがありました。オレンジワインが大好きになるきっかけになった一本です。

フローラルさとプラムのような香りがありつつ、味わいにはまろやかさがあるのがいいですね。店には同じタイプのオレンジワインを置いているので、ぜひ味わってみてください」

透明感のあるきれいな自然派ワインをラインアップ

アネモネではフランスやイタリアを中心に自然派ワインが揃えられている。スパークリング、白、ロゼ、オレンジ、赤ワインと全てのタイプがあるが、体にスッとなじむような素直な旨みや透明感があるタイプが多い。ワイン自体を飲み慣れていない人にもおすすめだ。グラスは6種類(白3種類・赤3種類、1,200〜1,500円)、ボトルは60種類(6,800〜8,800円)が用意されている。

ゆったりした時間の流れがある空間

おまかせコース ある日のメニュー

アネモネのおまかせコースは、未知の発酵調味料をアクセントにした新しさがあったが、全体にはおいしさの原点が引き出された懐かしさもあった。おまかせコースは前日までの予約制だが、席が空いている日はワインバーとしても営業。ワインを気軽に楽しめるパテなどのメニューが800円からいただける。当日の状況はインスタグラムで告知されるのでチェックしてみよう。

テーブル席

元々40席あった空間なので、8席の店内は広々として、発酵調味料が瓶ごと置かれていたりする。岡田さんが祖母から受け継いだアンティークの家具を目の前にすると、ゆったりとした時間の流れがある。気分を変えて食事を楽しみたいときは、岡田さんがもてなす心地よい空間とコースを目当てに、荒川を渡って葛西まで足を運んでみよう。

※価格はすべて税込

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。
※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:岡本のぞみ 
撮影:木村雅章