オープン当初から愛され続けている逸品

〈続く店には理由がある〉

日本にはおいしい店が数多くあり、その分生き残りも熾烈だ。飲食店の閉店率は1年目で約3割、2年目で約5割、5年目で約8割と言われている。
では5年以上続く飲食店にはどんな魅力があるのか? いろんな店を食べ歩いてきた食通には、お客さんがリピートしたくなる“とっておき”の秘密が見えてくるようだ。

今回はフードジャーナリストの小松宏子さんが、オープン10周年を迎えたフレンチレストラン「シュヴァル・ド・ヒョータン」の魅力に迫る。

教えてくれる人

小松宏子

祖母が料理研究家の家庭に生まれる。広告代理店勤務を経て、フードジャーナリストとして活動。各国の料理から食材や器まで、“食”まわりの記事を執筆している。料理書の編集や執筆も多く手がけ、『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。Instagram:hiroko_mainichi_gchan

10周年で生まれ変わるレストラン

池袋の喧騒から離れた住宅街にある

何万軒という飲食店がひしめく東京にあって、5年続くのは20%、10年ともなれば10%もないという。飲食業というのは、そうした過酷な職業なのだ。その中で年月を増すことで料理もサービスもこなれ、円熟味を増して、輝いていく店もある。長年続き、愛される店には理由がある。その理由とは何か?を探るのが、今回の連載の目的だ。

池袋の駅から徒歩8分、好立地とは言い難い場所で、創業3~4年目から、ほぼ毎日満席という繁盛店「シュヴァル・ド・ヒョータン」を紹介しよう。創業10年を機にさらなるランクアップを目指して、8月にリニューアルしたばかりだ。料理長は、日本の飲食業界においては、まだまだ多くはない女性シェフ、川副藍さんが務める。

シェフの川副藍さん

藍さんの夫がサービスの要でありオーナーだ。出店の経緯を聞くと、藍さんは「ランスヤナギダテ」や「ゴードンラムゼイ(コンラッド東京)」などで計2年ほど修業したが、オーナーの川副貴央さんは飲食業界の経験が全くないままに、えいやっと店を始めてしまったというのだから、思い切りがいいと言えばいいし、怖いもの知らずと言えば、怖いもの知らずとも言える。しかし、出店する場所にだけはこだわったという。

シックな店内はカウンターがメイン

新宿区落合で育ったオーナーは、近隣に焦点を定めた。「広い東京の中でも、高級飲食店が集まっているとは言いづらい池袋。けれど、高級住宅地を控え、劇場も学校も有する、文化の薫る町でもあるんです。おいしい店を求めるニーズはあるのに、これが少ない。池袋のそんな特異性にかけてみました」(貴央さん)

お客様を迎える席には飾り花を

実際、次第に地元でおいしいものをある程度のお金を出して楽しみたい、というお客様が少しずつ集まってくるようになったそうだ。いわゆるマーケティングで言うブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)、レッドオーシャン(激しい価格競争が行われている既存市場)で言えば、ブルーオーシャンの考え方だ。また、開業当初は、藍シェフの料理にそこまでの自信がなかったということもあったのであろう。「中目黒や麻布ではなく、池袋という町の持つポテンシャルが、自分たちでも成功できるのではないかと思わせてくれた」と。

木の端材で作られた「ヒョータン」形のコースター

店を始めてからは、リピート率を上げることを、なにより重視したという。顧客を根付かせるための努力だ。具体的にどのように?と尋ねると「心を込めてサービスをするということにつきます。店はお客様が雰囲気を作るものですから、良いお客様にリピートいただくように気をつかいました。また来ていただきたいお客様には、サービスの熱量でそういった気持ちが伝わるのだと思います」。こうして、5~6年目には予約のとりにくいレストランにまで発展していった。

故郷の食材の魅力を考えるシェフの新たな挑戦

害獣をおいしいジビエに

一方、シェフの藍さんは藍さんで、料理の研鑽には余念がなかった。フレンチ出身であったが、次第に、素材そのものの味をストレートに生かしたい、そのような考えにシフトしていった。出身は千葉県いすみ市である。「房総半島の一角。海と山が近く、牧場も有する、豊かな自然に恵まれたところです。野菜や魚をなるべく、故郷いすみ市から仕入れるようにと何度も足を運びました」(藍さん)

そのままでおいしい野菜。ソテーしただけでおいしい魚。ローストしただけでおいしいジビエ。そうした、クオリティの高い素材との出合いによって、藍シェフの料理はいい意味でそぎ落とされ、洗練されていった。いすみ市との関係を深めていく中で、節目の10年となる今年、いすみ大使に任命された。

この春から「いすみ大使」に

そんな折のリニューアルは、ワンランクアップするための契機と誰しも考えるが、貴央さんは、もちろんそれもあるけれど、いろいろなタイミングの積み重ねだという。コロナ禍で過剰な店の忙しさが一段落し、スタッフの働き方を考えた時、座数を22席から12席に減らしてカウンター中心の店にし、藍シェフの自宅に招かれたような、シェフズテーブルスタイルで味わってほしいと考えた。

また、海外からフォアグラやトリュフ、生ハムなどが入ってこなくなったことも、藍シェフがよりいすみ市の食材へ向かう、必然性ともなった。結果、現在はほぼすべていすみの食材を使用している。

いすみ市のある南房総は海の幸、山の幸の宝庫

もともと持続可能な料理をやりたいと思っていたのが、いろいろな要因が重なってちょうど機が熟したと言える。「軸はブレずに、時代に柔軟に対応していくこと」。これこそが、長く続く店の秘訣なのであろうと、貴央さんと藍シェフの言葉から思わせられた。

ここからは、新生「シュヴァル・ド・ヒョータン」の「おまかせコース」(16,500円)の中から4品を紹介しよう。