【シェフインタビュー:運命の食材】

 

主役に、脇役に、キノコを自在に生かす「マッシュルーム」山岡昌治シェフ

 

フランスの修業時代に知った野生のキノコの魅力

 

 

キノコの料理にフォーカスしたフランス料理店。その名もマッシュルーム。オーナーシェフの山岡昌治氏は27歳でフランスに渡り、帰国後すぐに店を開き、25年が経つ。その間ずっと、キノコに恋をし続けているのである。

「パリ郊外の一つ星の店に着いたのが1月の寒いときで、とにかく、仕事を覚えるのに必至でした。少し余裕が出てきた秋頃になって、シェフたちがせっせとキノコ狩りに出かけているのに気づきました。20種以上のきのこをどっさり抱えて帰ってくる。見たこともない美しいきのこばかりで、びっくりしましたね。にんにくとエシャロットでさっとソテーしただけで驚くほど美味しいんです。フランスの食文化の豊かさを痛感させられました。渡仏する前にいた店は洋食屋さん的なフレンチの店だったので、本物のフランスの食材に触れる機会も少なく、野生のキノコ類は宝の山のように見えました。これは勉強しなければいけないと、すぐにきのこ図鑑を買いに行って、首っ引きで調べました」と山岡さんは懐かしそうに当時を振り返る。また、シャンパーニュ地方の店で働いたときには、ハンター達がジビエを撃つ合間に採ったキノコを売りにきたそうだ。当時、肉料理の担当だった山岡さん、キノコの掃除もさせられ、扱いの基本を覚えたという。

 

 

 

キノコ狩りに連れていってもらえたのですかと聞いてみると、「とんでもない。採れる場所は絶対に秘密です。それに、たまの休日は、勉強のためにほかの店を食べ歩くのに忙しくて、とてもキノコ狩りまではいけませんでした。でも、そうこうするうちに、日本でもよいキノコがたくさん採れるらしいという情報を友人から聞き、帰国したら絶対行こうと心に決めていました」。

 

ビギナーズラックが決めた山岡シェフの料理人としての生き方

 

3年の修業期間を終え、日本に帰ったのは夏。横浜の店で住み込みで働くうちにすぐに秋になり、フランスで苦楽をともにした友人と山梨へキノコ狩りに出かけたという。

「ビギナーズラックで大きな香茸が3つも採れたんですよ。これが決定打でしたね、キノコにはまることになった。その年はキノコの当たり年だったんです。そうとも知らず、すっかり嬉しくなって、キノコの本から、登山の本、山菜の本など、かたっぱしから山についての本を買いました」。キノコにフォーカスしたフランス料理店を作ろうと思ったのもこの頃だ、「登記の2週間前になっても名前が決まらず、妻の『マッシュルームでいいんじゃないと』の一言でつけた店名が、フランス語でもないのに、30年も続いてしまいました」と笑う。ちなみに、マッシュルームのフランス語はシャンピニヨンだ。

休みの日にはせっせと山に入りながら、それだけでは足りず、太田市場に通うなどしてルートを広げていった。キノコにフォーカスしたフレンチレストランとして、定着し始めると情報も多く入るようになり、名人と言われるような人たちからも定期的に送ってもらえるようになった。そうした天然ものに限らず、栽培ものでも、通常の市販品とは比較にならない、良質なキノコの生産農家もあり、最近は、積極的にそうした生産者のキノコも使用しているという。

 

キノコになぜ、惹かれるのか。美味しさに秘密を解き明かす

 

 

写真は、「マッシュルーム」の定番中の定番、「旬のきのこのソテー」だ。その日その日にとれた季節のキノコを、エシャロットとガーリックとともにソテーし、パセリのみじん切りをたっぷり振り入れたものだ。右上からピエブルー、アカヤマドリ、ゴールデンマイタケ、焼シメジ、オオモミタケ、香茸、松茸、真ん中がハナイグチ。一つ一つ、香りも味も食感もまったく違う。ひとくちにキノコといっても、こんなにもバリエーションがあるのかということに驚かされる。「秋は大体、毎日40種くらい入ってきますよ。ここのところ雨がふらなくて、今日はちょっと少ないけれど」と事もなげに言う山岡シェフの言葉に驚かされる。

キノコの魅力の一つはその多彩だ。とろけるような食感からしゃきしゃき、しこしことした食感まで千差万別。また、旨みの強さや香りの方向性も多種多様。「だからキノコは、引き立て役にも主役にも、その両方になれるんです。料理人としてはそれが最も面白い部分。からこそ、多彩な使いかたができ、飽きることがないのでしょう。このソテーは主役としての扱いですが、付け合わせとして、肉や魚に絶妙のアクセントを添えてくれたり、また、ソースに加えれば、その旨みの強さをいかんなく発揮してくれます」。動物系のイノシン酸とキノコのグアニル酸が合わさることで相乗効果でより旨みが強くなるのだそうだ。

 

マッシュルームのテーマでもある通年楽しむキノコ料理という考え方

「うちの店のモットーは、一年を通してキノコを使いこなすということ。確かに、秋は種類が多いし、収穫量も多いのでまさにハイシーズン。けれど春や夏にも、それぞれの季節のキノコが顔を出してとても楽しいですよ。旬が春秋と2回あるようなものもある。常連さんの中には、秋以外の季節に敢えてくる方も多いんです。ただ、雪に覆われたらきのこは育ちませんから、その前にできるだけたくさんキノコを採って、冬になる前に炒めたりゆでたり、マリネしたりと加工し、一部は冷凍するなど、ストックしておきます。そして冬の間のソースや付け合わせに活用するのです。一軒の店としては、使う量が半端ないので、全部のきのこを自分で採ってきているわけではありませんが、やはり、山の中できのこを探しているときが一番楽しいですね。今でも珍しいきのこに出合うとワクワクします。その場所に足を踏み入れるのが3日早ければ、出会えないかもしれないし、3日後であればあとかたもないかもしれない……。そんな一期一会の出会いは、自然界と菌との共同作業でもあるドラマです。そんな壮大な地球の営みを美味しさに変えて皿にのせ、少しでも多くの方に伝えられればと思っています」

 

 

 

写真:小野広幸