【森脇慶子のココに注目 第37回】「三和」
セレブなマダムが似合う街、白金台。メインストリートのプラチナ通りから一歩入った裏通りは、旨い店が点在する知る人ぞ知る大人の美食スポット。その一隅にまた一つ、食いしん坊の心をときめかす期待の一軒が誕生した。昨年10月にオープンしたイタリアンレストラン「三和」がそれだ。
住宅街に紛れて佇むこぢんまりとしたビルの地下、螺旋階段を下りると目に入るのは、金属板に渋く「三和」の名を打ちつけた看板。およそイタリアンとは思えぬネーミングの由来を聞けば「祖父が営んでいた機織りと染色の会社の名にちなんで名付けました」との返事は渡邉大祐オーナーシェフ。
三つの和を意味するこの店名には、レストランとお客様、加えて生産者の三つの関係を大切にしていきたいとの渡辺シェフの思いも込められている。ところで、渡邉シェフの名を聞き、ピーンときた方はなかなかの食いしん坊。そう、何を隠そう、この渡邉シェフこそ、あの中目黒の超人気店「ロデオ」を一躍スターダムに押し上げた張本人なのだ。
“炭トキドキ薪”をテーマに、豊富なアラカルトメニューと肉焼きの巧みさでブレイクした「ロデオ」だが、ここ「三和」でも肉のおいしさは健在。否、よりブラッシュアップされたと言ってもいいだろう。調理はワンオペゆえ、やむなくおまかせのプリフィックスコース一本に絞ったものの、その分、精度が増したのも事実だ。
前店同様オープンキッチンの店内は、地下とはいえ天井も高く、ゆったりとした空間。コンクリート打ちっぱなしの壁に、黒いタイル張りの壁面が映えるシックな隠れ家的雰囲気だ。奥にはテーブル席も用意されているが、スタッフが揃うまで当面は、カウンターのみの営業にしているとか。少数精鋭というわけだ。
プリフィックスコースは8,800円。これに肉の値段がプラスされる形で、肉は常時4〜5種類が揃う中からお好みをどうぞ、というシステムになっている。例えば、12月のある日のメニューは次の通り(内容は日によって少しずつ変わる)。
・パルマ産ガローニ社24ヶ月熟成生ハムとニョッコフリット
・ブッラータチーズとアメーラトマト、ル・レクチェ
・北海道白子のカツレツ
・長崎のどぐろの炭火焼とサフランのリゾット
・アニョロッティ フォンティーナチーズと黒トリュフ
・旬の野菜炭火焼き
・お肉の炭火焼(下記から好みの一皿を選択)
・北海道松野さんのエゾ鹿(約60g/+1,210円)
・淡路島猪豚肩ロース(約80g/+1,800円)
・岩手石黒農場ホロホロ鳥(約70g/+1,740円)
・山形尾花沢牛フィレ(約80g/+3,500円)
・岩手漢方和牛カイノミ(約80g/+2,800円)
・フランス骨付きオーガニックラム(約60g/+2,000円)
そしてパスタも好みを選べるスタイルで、
・イカスミのスパゲッティ
・フレッシュトマトのスパゲッティ
・ゴルゴンゾーラのニョッキ
・駿河湾サクラエビのピチ(+500円)
・カラスミのスパゲッティ(+1,000円)
・長谷川さんのマッシュルームラグーのスパゲッティ(+500円)
これに好みのドルチェ、コーヒー、エスプレッソ、紅茶等の飲み物がついたコースが一通りとなっている。
最初に登場するのは、切り立てのガローニ社の生ハム24ヶ月。これを、入り口近くに置かれたオブジェような手動式の生ハムスライサーで、一枚一枚羽根の如き薄さにスライス。「ノンプレスで脱骨、成形されるレガートタイプなので、プレス機で圧縮する通常のものとは違い水分が強制的に排除されない分、昔ながらのパルマハムの香りと味を楽しめます」と、渡辺シェフ。
そのスライサーもイタリアの老舗ベルケル社製。しかもガローニ社は、生ハムの本場パルマ地方で1938年から続く老舗の生ハム専業メーカー。近代的な設備を兼ね備えつつも、伝統的な手法にこだわり、素材である豚肉から厳選。塩漬けから乾燥、熟成まで熟練の職人たちが一つ一つ丹念に仕込んでいる。
こうして作りあげられた生ハムは、パルマでも一、二を争う名品。中でも最高ランクとされているのがこの24ヶ月熟成で、ニョッコフリット(イタリアエミリアロマーニャ地方の揚げパン)の上に何枚も重ねたそれを口にすれば、ふんわりとエアリーな食感の中、舌にしっとりと絡み、同時に豊かな香りと甘みにも似た旨みがじんわりと広がっていく。まるでパルミジャーノレッジャーノチーズを齧ったような、熟成感あるコクが印象的だ。
その後、旬の魚介を使った料理や炭火で焼いた野菜などがテーブルに運ばれた後、いよいよメインの肉の出番となる。今回選んだのは「岩手漢方和牛カイノミ」と「淡路島猪豚肩ロース」の2品。
漢方和牛とは、宮城県関村牧場の牧場主、関村清幸氏が十数年の年月をかけて作りあげたあか牛と黒毛和牛の交配種。ストレスフリーな環境の中、自然交配・自然分娩で生まれた牛を、14種類もの漢方を与えて育てているそうで、渡邉シェフによれば「赤身とサシ(脂肪)のバランスがよく、霜降り過ぎないところが気に入っています。それでいて充分にジューシー。脂肪の融点が23.9度(黒毛和牛は26度)と低いため、身体への負担も軽い」とのこと。
この他同店では、広島のなかやま牧場、鳥取の田村牧場、山形尾花沢の浅井畜産の計4カ所から牛肉を仕入れている。肉の選別ももちろん大切だが、決め手はやはり火入れ。渡辺シェフが目指す理想は「表面はしっかりと焼きつつ、中はレア」な焼き上がり。肉の外と内、二つのコントラストが味のポイントになるわけだ。
基本的に“焼き”は近火の強火。時折、遠火にしたり、火から外したりと幾度となく休ませながら、肉が乾燥せぬよう焼きあげていく。このタイミングが手練の技。肉の状態や部位によって焼き加減も微妙に変わってくるからだ。とはいえ「火にかけているのと同じ時間を休ませる」セオリーは変わらない。
一見、ウェルダンな焼き上がりの肉塊に刃を入れれば、真紅の断面が現れる。周りに焦げ目がしっかりとつきながら、中はまさにレア。表面に滲み出る肉汁は決して溢れ出ることなく、肉の断面に潤みを与え、見るからにジューシー。口にすれば、ガシッと歯が入る期待通りの心地よい食感と肉肉しさがたまらない。噛み締めるほどに広がる肉汁は、脂肪の豊潤さを感じさせつつも重さはなく、赤身本来の旨味を舌にしっかり伝えてくれる。
また、猪と豚を交配させた猪豚(いのぶた)は、野生味のある濃い旨味と猪由来の脂の甘みが、炭の火の力を借り、より一層味わい深いおいしさを醸し出している。いずれも、柔らかさ至上主義ではなく、噛み締める肉ならではの醍醐味を満喫できるはずだ。
魅力的なメニューの並ぶ〆のパスタの中から選んだのは「長谷川さんのマッシュルームのラグーのスパゲッティ」。渡邉シェフ曰く「無農薬、無漂白で栽培された『長谷川農産』のマッシュルームは、旨味も香りも強い」そうで、その特徴を存分に生かしたのが、この一皿。
具はマッシュルームのみとシンプルながら、よく炒めることで旨味を存分に引き出したラグーソースとフレッシュな香りを生かした生マッシュルームの2タイプを組み合わせることで、マッシュルーム本来の持ち味が最大限に引き出されている。渡邉シェフのセンスがうかがえる逸品だろう。
「スタッフが揃ったら『ロデオ』のようにアラカルトにしたいと思っています。僕自身、アラカルトが好きなので。自分の好きなように食べられる店がいいですよね」。そう語る渡邉シェフのチャレンジは、まだ始まったばかりだ。
※価格は全て税込、サービス料(5%)別