【森脇慶子の新店開拓】再始動した麻布十番の大人のフレンチ

東京都心の下町、麻布十番。創業100年以上の老舗もあれば、次々にオープンする話題の新店もある。フレンチに鮨、トルコ料理まで多種多彩なジャンルのレストランが混在するこの静かな街に突然の惨事がおきたのは、去年の12月21日のこと。

名店を襲ったアクシデント

某中華料理店が火元と思われる火災が発生! 燃え盛る炎が、8階建ての古い雑居ビルを巻き込んだ。この火難で、休業を余儀なくされたのが「カラペティバトゥバ!」。手頃な値段で気兼ねなく、美味しいフレンチを頂けると、若いOLから、熟年の紳士まで幅広い層に親しまれてきたワイン&レストランだ。

「クリスマス直前のまさかの火事でしたからね。さすがにちょっと厳しかったですよ。でも、(店で)怪我人がでなかったことが、不幸中の幸いでした。それに、無駄になりそうだった食材は、ありがたいことに知り合いのシェフ達がみんな引き取ってくれて……。感謝ですよね」

笑顔で語る長雄一さん(写真・右)は、同店のオーナーソムリエ。「コート・ドール」、「ナリサワ」などの名店で培ってきたワインの知識、そしてホスピタリティ溢れるサービスは、まさに料理と両輪。「カラペティバトゥバ!」の人気を支えてきた原動力の一つでもある。

 

新進気鋭の表参道「L’AS」現オーナーシェフで、こちらの初代兼子シェフ、今は故郷奈良で独立を果たした二代目佐藤シェフに続き、3代目の馬堀シェフ(写真・左)と料理人が替わっても、安定した味を保ち、多くのカラペティファンを掴んでいただけに、「このまま、お店をやめられてしまうのでは?」と気を揉んだ常連さんも多かったことだろう。

ファンからの熱いエールで再オープン

だが、ご安心を! もらい火という不運にもめげることなく、常に前向きな長さんの努力が実り、同じ麻布十番にめでたくリニューアルオープン! この7月10日、実に7ヶ月ぶりの営業再開を果たした。

洗練された上質な空間

新店は、前の店から歩いて数分。外苑東通り沿いに建つビルの4階。扉を開けると、前店同様、まずカウンター席が目に入る。しかし今回は、以前のようにひたすら横長のカウンターではなく、今、流行り?のコの字型。厨房がカウンターの横手にあり、(カウンター席から)中の様子は見えないものの、活気は充分に伝わってくる。

また、奥には厨房直結のシェフズテーブル、更には、シックなソファ席の半個室まで設えられ、TPOに応じてさまざまに使いこなせそうだ。1人でふらりとカウンター席でワインを飲むもよし、食いしん坊なかまとシェフズテーブルで盛り上がるもよし。接待など落ち着いた会食には個室でゆっくりと等々、幅広いシーンに活用できる。

これから、秋にかけてはテラスも気持ち良さそうだ。涼風に吹かれつつ、中秋の名月をワインとともに楽しむのも一興では?

輝きを増した美しい料理たち

一方、料理の方は、値段も一皿を二人でシェアするスタイルも以前と同じ。現在、厨房に立つ馬堀シェフは、自由が丘の名店「プティ・マルシェ」を皮切りに「レザンジュ」、「マルシェ・オー・ヴァン・ヤマダ」や「マダム・トキ」、そしてフランスやイギリスでも研鑽を積んできた実直な料理人。

 

「奇を衒わず、誰が食べても美味しいと思える料理をと心がけています。余計なものは加えずあくまでもシンプルに、けれども、見た目は綺麗に仕上げていきたいですね」そう語る馬堀シェフの言葉通り、その料理は、当節流のモダンフレンチというよりもオーセンティック。素材本来の味を大切に、ストレートに引き出そうとしている。

例えば、「富士幻豚のロースト ジロール茸 4,860円(写真は8,640円コースのポーション)。皿の上は、文字通り豚とジロール茸のみ、と極めて素朴。だがそれも、馬堀シェフが敢えて選んだ富士幻豚の美味しさをしっかり味わってほしいとの思い故だ。

この富士幻豚とは、希少な中ヨークシャー種がベースの豚で、生育日数が他の豚より長くかかるため、その分、旨味が濃いのが特徴。しかも「筋繊維が細いので肉質も柔らか。そのため他の豚では硬い腿肉も、富士幻豚の腿は食べやすく味も深い。これを50分かけてゆっくりと火を入れ、焼き上げています」とは馬堀シェフ。うっすらと肉汁が潤む肉片は、しっとりとしたピンク色。見るからにデリケートな一品だ。

また、まるでデザートと見紛うような佳品は、「冷たいフォアグラのフラン 完熟パイナップルとビーツのアグロドルチェ 3,240円(写真は8,640円コースのポーション)」。ムースのような軽い口当たりのフォアグラにレモンバーム風味のジュレが夏らしい涼やかさを目と舌に感じさせるシェフの自信作だ。

「栃木野菜とサーモンのテリーヌ 赤ピーマンのムース  1,800円(写真はハーフポーション)」は、栃木県越雲農園から送られてくるオクラやビーツ、黄にんじんなど8種類あまりの季節野菜と自家製ノルウェーサーモンのテリーヌ。鶏コンソメのジュレで固めた見た目も美しい。

「マダガスカル産チョコレートのタルト トンカ豆のアイスクリーム 980円」は、ほろ苦いチョコレートの風味に、トンカ豆特有の杏仁にも似た甘やかな香りが見事にマリアージュ。エスプレッソベースのアイスクリームになっている。

コースは、8,640円の他、手頃な6,480円のコースもあり、グラスワインは、たっぷり一杯1,080円から。泡3種、白8種、赤7種にロゼ1種と種類も豊富に揃えている。キチンと食べて、軽く飲んで一万円もあれば楽しめるはず。

 

ちなみに、アラカルト一皿のポーションは2人前サイズとなっている。「食べ慣れた大人がちょっとカジュアルダウンして、そして、若い女性はちょっと背伸びして、来ていただけるような店に」が長さんの夢。

 

今、確実に、その夢に向かって「カラペティバトゥバ!」は前進している。

 

 

写真:片桐 圭