〈僕はこんな店で食べてきた〉
大正時代から続く焼鳥の老舗「伊勢廣」

東京・京橋にある老舗焼鳥店「伊勢廣」がこの10月、これまでの本店の向かい側に自社ビルをオープンした。一階は以前の雰囲気を醸すカウンター、二階はカジュアルなカウンターとテーブル席、そして三階は個室中心の静かな接待場所となっている。
オープン早々に訪れたが、大ぶりな串で丁寧に焼かれた焼鳥はまさに伊勢廣の味。5本も食べるとけっこうお腹いっぱいになってしまうほどだ。

伊勢廣は大正時代から続く焼鳥の老舗で、都内に数店舗を構え、たくさんの弟子を輩出している。
伊勢廣の焼鳥はもも肉を薄く切り、葱に巻き、タレで焼く「葱焼き」や、皮をさし、くびの肉ではさむ「皮身」など独特のスタイルの焼き方が特徴で、はじめて入る焼鳥店でも何本か食べると伊勢廣系列で修業したことがすぐにわかる。
といっても、2021年には創業100周年を迎えるから、伊勢廣の孫弟子、ひ孫弟子である可能性も高いけれど。
中でも有名なのは、麻布十番の「世良田」だろう。六本木にあったときから人気店だったが、麻布十番に移転して予約が至難になった。
蝶ネクタイがトレードマークの主人は京橋本店で長く修業。葱焼きのスタイルはまさに伊勢廣流だが、ここのオリジナルは手羽先。コース最後に普通の手羽先と骨を取った穴に野菜を詰めたものと選ぶことができ、僕はたいてい野菜詰めを選ぶ。
そして、〆は塩そぼろが絶品。塩味のそぼろ丼だが、どんぶりとしてまずは楽しみ、その後はお茶漬けにしてもうまい。
勢力を拡大している「鳥しき」

伊勢廣系列が高級焼鳥の王道だとしたら、最近勢力を拡大しているのが「鳥しき」グループ。これまで弱火の遠火でじっくり焼くのが炭火焼の基本だったのを、強火の近火で炭火をコントロールして焼いていくから常にうちわは必須だ。

目黒にある「鳥しき」から独立した弟子たちはざっと挙げても目黒「やきとり阿部」、目黒「鳥かど」、六本木「鳥おか」、押上「焼鳥 おみ乃」、三軒茶屋「鳥とみ」、恵比寿「鍈輝(えいき)」など。水炊き中心の鳥とみ以外はどこも本家に倣ったシステムで、ストップを言わないとその日あるものがいくらでも出てくる。

お土産に焼鳥弁当があるのも特徴で、コロナ禍の初期は焼鳥弁当とバラチラシが一番流行ったといわれているが、焼鳥弁当ブームを作ったのは、間違いなく鳥しきグループだろう。
地味だが旨い、愛すべき店
ただ、焼鳥を食べたいときは、そういう高級店に行きたい気分じゃないことも多い。ちょっと繁華街のはずれのカウンターだけの店でお好みで4、5本とコップ酒を頼み、小一時間で帰るというのも焼鳥店のある種、正しい使い方だ。

そんなときの一軒は新宿「新田裏 とり辰」。こちらの大将は割烹で長く修業していたが、生家がうなぎ屋だったから炭火の扱い方もうまい。
前菜代わりに割烹時代のながれで酒肴を堪能してから焼鳥という楽しみ方もできるし、焼鳥数本でカウンターでサクッと飲むのもOK。これからの季節は鳥鍋もおすすめだ。

そして、銀座なら「鳥長」。かつては、銀座八丁目の人ひとり通るのがやっとだった裏路地にあったが、再開発で七丁目のビルの7階に移転した。
以前は紳士が夕方からカウンターで冷酒を飲んでいると同伴のカップルが隣に座るといった昭和な店だったが、いまはその風情はだいぶ薄まった。それでも銀座のいい風が吹いている。
僕はいつも、せいぜい30分から1時間ほど。つくねから始まり〆の味噌汁を飲んで、いい気分で退散する。
文:柏原光太郎
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