“愛”という名にふさわしい可愛らしい佇まい「アムール」(恵比寿)

4z2a5639 あぁ、店の前でまたテンションが上がってしまった。この気持ち、ここに訪れた人とは共有できるはず。オープンした2012年から人気を誇り続け、2016年、西麻布から恵比寿に移転した。   門をくぐると庭には桜、紅葉、柿、ザクロといった季節を感じる木々。もうこの瞬間から「アムール」という世界にトリップしてしまう。これは一軒家レストランだからなせる技なのだろうか。本当に不思議だ。

ネットの評価。そして実際は……

4z2a5670 初めは親しくさせていただいているシェフからのご紹介。とりあえず検索してみると「食べログ」では3.2くらいだった(※2017年1月時点。ちなみに西麻布のときは4.2)。嗜好は人それぞれなので点数を気にするわけではないが、もしかしたらそんなに美味しいお店ではないのかもと一方では思いつつ、HPで後藤祐輔シェフのプロフィールを拝見して、オォォッとのけ反った。いやいや、これだけの経歴を持っていながら、まずかったら逆にびっくりするわってくらいビッグネームが連なっていたのである。 4z2a5665 初訪問の日、予備知識はあった。修業先も師事したシェフの名前も、料理の写真も頭に入っていた。「良い意味で予想を裏切る味」って言葉は正直、社交辞令っぽくて信憑性を感じていなかったのだが、まさかとうとう身をもって経験することになろうとは!

 コントロール抜群のピッチング

4z2a5576 本当に何もかもが予想をはるかに超えていたのだ。後藤シェフが創る「フランス料理のテクニックで作る和食」の世界観は、美しく繊細、直球もあれば変化球も来る。その味わいはフランス料理の真髄を学んだ者だけに許されるのではないだろうか。さして珍しくもなくなった“フランス料理×和食”の組み合わせだが、異なった物を合わせるにはそれぞれを熟知し、相当な技術を駆使しなければただのチープな味になってしまう。 4z2a5569 スペシャリテの「オマールのビスク」をいただいて、その領域にうかつに足を踏み入れてはいけないことがよくわかった。金粉がちりばめられたガラスのふたを取るとオマールとユリ根が美しく並び、そこにオマールのだしで作るビスクがたっぷりと注がれると和食の「すり流し」をほうふつとさせる。   甲殻類の香りがホワンと鼻をくすぐるのを感じながらひと口いただいてみると……、なんてことだ! あの濃厚なスープを想像していたのに空気を含んだようなこの軽さはいったい? しかもコクはしっかりと感じる。   どうにもわからず尋ねると、トマトのフランを加えているという。それだけでいつものクラシックなビスクがこんなにも“いま”を輝くことができるのか?   そしてシェフの火入れたるや。中心だけほのかにレアなオマールは、しっとりと香り高く、しばし目を閉じてその食感と味わいに没頭してしまう。ほんっとに美味しい。

 冬空にときめくホームラン。それは“寒鰆”だ

4z2a5593 だが「この店のこの逸品」は「寒鰆」だ。   毎年この時期に、脂が乗った5kg以上ある和歌山の鰆を漁師さんにお願いしているそうだ。大きくなればなるほど身が厚くなる鰆は上手に火入れすることで中がふっくらレアに仕上がる。この皿のヒントになったのは、ある和食屋の「鰆の西京みそ漬け」。焼いてもらったら身がとてもパサついていたのにがっかりして、もっとしっとり焼いてみたくなったからだ。西京みそは白ワインでのばして鰆の皮目に塗って半日寝かす。 4z2a5606 みそを取ってからまずはフライパンでカリッと焼き、次にオーブンで2回ほど休ませながら、中がレアの状態までゆっくり火を入れていく。最後にサラマンダーで皮はパリッと、身はしっとり、ふっくら、柔らかく焼き上げる。   こうすることで、みその香りがほのかに残る。鰆はその字から春の魚だと思われているが春になると産卵するので美味しいのは断然“冬”だ。

極めた火入れで、どんな食材も意のままに

4z2a5601 付け合わせはミニチンゲン菜。真空調理をして食感と緑の色味だけをしっかり残して艶やかに仕上げる。中国料理にありがちなチンゲン菜は葉物のにおいが強すぎることがあったり、かみ切れなくて困ったりしてしまうのだが、このミニチンゲン菜は全然違う。   「水を強制的に吸わせているんです。」とシェフ。芯まで透き通った色の秘密はこのせいなのか。吸わせたのは水なので余計な香りも味もしない。変えたのは食感だけだ。「本当に1分半だけ火を入れました。2分だと入り過ぎなんです。かなり試しましたが1分半がベストです。」と、この極めようがすごい。 4z2a5568 その“極めた火入れ”は当然魚にも肉にも駆使されている。この寒鰆の火入れの見事なこと!   食べ終わるまで真ん中だけレアをキープする火入れなんて、いったいどんな計算をすればできるのか。「ゆっくり時間をかけて火入れすることです。これは魚体の大きさにも関係してきますね。この大きさだからこの火入れができるのです。」と。 4z2a5623 鰆の下に敷いたカブもあえて食感を残した。とろっとろに煮たカブも良いが表面だけ焼いたのもたまらない。主役であるふっくらした鰆に対比させたミニチンゲン菜とカブの食感が面白い。   ソースはユズの香りのブールブラン。クラシックなバターソースをユズの酸味と香りであっさりさっぱり仕上げている。

フランス料理で“和心”もつかむ料理人

4z2a5638 フランス料理は足していき、和食は引いていく料理。日本人の体に慣れ親しんでいる和の食材でフランス料理の華やかさが増すなんて、まさに両方の“いいとこ取り”ではないか。   和食にはない“ソース”もフランス料理なら使えるので表現の幅がぐっと増える。後藤シェフが創ったフランス料理の技法で鰆の西京焼きを再構築した皿は、新しいフランス料理の世界へと誘ってくれた。 4z2a5656 憧れている人は?と聞くと少し間を置いてから   「ずっとサッカーをやっていたのでカズ(三浦知良氏)が大好きなんですよ。永遠に現役でいると言う彼に、続けることの素晴らしさを教えてもらいました。体力の衰えも感じているだろうに常にピッチを全力で走れる体づくりをしていて、いまだに日本代表を狙う姿は本当にかっこいいなぁと思います。周りに左右されない生き方をしたいですね。カズのように自分を持っている人が好きです。」と答えた。 4z2a5575 そう答えるシェフならと、気になっていた「食べログ」の点数について聞いても許してもらえるのではないか、と思い甘えてみた。   自分の料理に対しての評価は気になりますか?   「確かに気にはなりますけど、今は一喜一憂している時間はないです。前は気にしていちいち悩んでいましたが、この店に来ていただいたお客様に一番美味しいものを出せるよう頑張るだけだと思うようになりました。そうやって考える方が楽しいですよ。」と。

愛情に溢れた料理店「アムール」

4z2a5618 正しいフランス料理を学び培われた確かな技術で、最高の料理を提供する、まさに日々精進する気概がなければ評価されない厳しい世界だ。そこに挑戦し続けるシェフはかっこいいなぁと思う。私ができるのは写真からは知ることができないひとつひとつの皿に込めた思いを正しく伝えること。その言葉の責任は重いと痛烈に感じた。 4z2a5672 先日、友人たちとこの店に訪れた。特別なお祝いを兼ねた食事ということは予約時に伝え、デザートのプレートにメッセージを書いてもらうオーダーもした。   いつもと変わらず、一歩入った瞬間から温かいもてなしを受け、素晴らしい料理とワインを堪能し、コーヒーを飲み終えたころ、「下でゆっくりされませんか」と声が掛かる。   隠し扉の向こうにある4つだけの席。扉が開いて目にした光景は全員が「キャー」と歓喜の声を上げてしまったほど感動的であった。こうやって書いていると思い出して涙が出そうになるくらいだ。帰り際、シェフにお礼を申し上げると「『アムール(愛)』ですから」とにっこり。再訪を誓ったのは言うまでもない。

お品書き

季節のディナーコース/16,200

・栗拾い

・白子 毛蟹 蕪

・つぶ貝 焼茄子

・かわはぎ とかちマッシュ

・スペシャリテ オマール海老のビスク

・甘鯛 茸 銀杏 ・お口直し ・蝦夷鹿 インカのめざめ

・タルトタタン ・無花果 キャラメル ショコラ

・余韻

※お品数、お料理内容は一例になります。当日の仕入れ状況によって内容が異なりますので、予めご了承下さい。