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〈今夜の自腹飯〉
予算内でおいしいものが食べたい!
インバウンドや食材の高騰で、外食の価格は年々上がっている。一人30,000円以上の寿司やフレンチもどんどん増えているが、毎月行くのは厳しい。デートや仲間の集まりで、「おいしいものを食べたいとき」に使えるハイコスパなお店とは?
学生時代に慣れ親しんだ田町で、リーズナブルな広東料理の店を
JR田町駅から徒歩5分。賑やかな慶応仲通り商店街を抜けた先に「Chinese Restaurant 漢」がある。2019年9月のオープンから2ヶ月あまりの新店だ。目の前に慶應大学、周囲にはオフィスも多いため、ライバル飲食店がしのぎを削る激戦区にありながら、早くもこの界隈の人々の心をつかみつつあるという。
「Chinese Restaurant 漢」はハイコスパながらも、星の数ほどある安さをウリにしただけの店とは一線を画す。オーナーシェフの藤井寛さんは、東京ステーションホテルで修業し、その後はミシュランの星を獲得したマンダリン オリエンタル 東京の「SENSE」で、国内屈指の一流店が誇る香港スタイルの広東料理を学んだ。しかし、そんな彼がオープンさせたのはいわゆる“高級店”ではなかった。圧倒的な“お得感”を感じる、まさに「今夜の自腹飯」のためにあるような町中華の店だった。
前職はSEだが、「ずっとコックさんになりたかった」という藤井さん。27歳の時に一念発起し、築地の朝市で働きながら夜間の専門学校に通った。35歳までに自分の店を持つという目標をたてて修業に邁進し、「自分が歩んできた道のりの中で出会った最高においしい料理と知識を活かした店づくり」を実現した。
お試しコースをオーダーすれば、前菜の先制攻撃に見舞われる
同店の良さをシンプルに伝えているのが、今回注文した「チャイニーズレストラン 漢 お試しチョイ呑みコース」。これを頼めば、間違いなく心と胃袋をつかまれるだろう。珍しい中国野菜と季節の野菜を使った「野菜盛合せ前菜」 、伝統的製法で作られる広東式「焼物5種 盛合せ」、「香港式エビ豚焼売(シュウマイ)」、茶碗サイズの「香港ワンタンメン」を、好きな銘柄の紹興酒1杯とともに味わえる。
多彩な味を生み出す自家製「醤(ジャン)」が決め手の前菜
まずは黒い器に美しい緑が映える「野菜盛合せ前菜」 。通年定番が数種類、あとは旬の新鮮な野菜を選んで洗練された前菜盛合せに仕立てる。仕入れ具合によって変わる野菜はその時々だけの味だ。この日の一皿の中で藤井さんは「インゲンのオリーブ葉炒め」(上から2つ目)に自信をのぞかせた。その源となっているのが、藤井さんが一から手作りしている自家製の「醤(ジャン)」。見た目も味も“海苔の佃煮”に似た自家製の“オリーブの葉のジャン”を、シャキっとした食感のインゲンと炒め合わせている。隠し味の梅干しがほのかに酸味を加え、深みのある甘辛い味わいと合わさり何ともあとを引く、お酒のアテにうってつけの一品だ。
食材の持つうまみを引き出すジャンの使い方は、中国料理の醍醐味であり、料理人の腕が試される部分だ。だから決して手を抜かず「ジャンを作りまくっている」と、どこか楽しそうに語る藤井さん。
前菜に使われる自家製ジャンは他にもある。アヒルの卵の塩漬け「シエンタン」を素揚げし裏ごしして作ったジャンは、筍のような食感とやさしい甘さのマコモダケと和えている。また、翡翠色が美しい、四角くカットされたチシャトウ(茎レタス)には甘辛い自家製きのこのジャンが添えられている。
今だけのごちそう。季節の野菜の恵みも味わえる
11月から始まった、旬の生ザーサイもぜひ食べてほしい。シャキシャキとした歯ごたえに、ピリッとした辛味とほのかな苦味が盛合せのアクセントになっている。さらに冬には、カブやごぼうを使った前菜が登場予定だ。
季節の野菜と自家製ジャンで味のバリエーションが広がり、いつ来ても飽きないおいしさに出会える。そんな店だから、前菜だけで一杯やりに来る熱心なリピーターが多いのも頷ける。
5種盛合せ、肉の競演! 一流店で鍛えた焼物の味を堪能して
次の料理は、「広東焼物5種 盛合せ」。 本場では広東式の焼物料理を総称して「焼味(シュウメイ)」といい、専門の技術と経験がある料理人が調理を任されるという。「SENSE」で3年以上焼物担当だった藤井さんが作るこのひと皿に、期待が高まる。
「広東焼物5種 盛合せ」の中で、特におすすめの「焼豚チャーシュー」(写真中央)は、 味噌ベースのタレが甘辛く、ちょっと焦げたような香ばしい香りが鼻に抜ける。脂の少ないギュッと引き締まった肩ロースを使用し、分厚めにカットされたひと切れは食べごたえも十分だ。修業時代に体で覚えた焼物のタレの味、火入れの技術、肉の部位によって変える切り方、サーブの仕方まで、一つたりとも手を抜かない。
「5種盛合せでは物足りない!」という人は、こちらの「鶏の醤油煮込み香港スタイル」(半羽)を追加で注文してみるのもいい。すべては肉を煮込むタレ作りで決まるというシンプルな料理は、「SENSE」時代に香港人シェフから学んだ“衝撃的なタレの製法”が肝だ。そうして仕上がった鶏の味わいは、うまみと甘味の奥にある、パンチの効いた揚げネギの香ばしさが特徴的。製法を聞いてしまうと「あの方法でこんなうまみのあるタレが作れるなんて奇跡ではないか」と思うほど。気になるレシピは店に足を運んでシェフに直接尋ねてみてほしい。
「本場と同じにしているだけ」ストイックな姿勢が味を決める
続いて登場する同店自慢の焼売とワンタンメンは、本場・香港で藤井さんが食べて感動した味そのものを再現。手間はかかるが「自分のやっていることで、後悔だけはしたくない」と妥協は一切排除した。
「香港式エビ豚焼売」は、角切り豚肩ロース肉とプリっとしたエビ、2つの異なる食感と溢れ出す肉汁が楽しめる。ゼラチンで固めたスープを少し練りこんだ餡がジューシーさの秘訣だ。
「香港ワンタンメン」 は一見、非常にシンプル。しかし「香港で出されるものと同じ味わいを日本でも」という藤井さんの熱意が込められている。「香港麺」という“ワンタンメン専用”極細麺を使用し、上にのる大粒のワンタンは、皮以外すべて手作りだ。本場に倣いエビ100%の餡の中には、一から作ったという魚粉を混ぜて風味をプラスしている。
料理のひとつずつにこだわっていながらも、2,500円と驚くべきロープライスを実現している同店。ひとりでそこまでやるのは大変では? と聞くと、「ちゃんと仕事しているだけ。人生を賭けてやっていることに、手を抜いたりしないでしょ」と語った。
藤井さんは「こんな店があれば自分も来たい」という思いから、広東の一流店で培った味を、圧倒的コスパで提供して週2~3日通える店にした。今後ますます店と料理に心をつかまれる客が増え、予約の取れない人気店になる日も近そうだ。
■食事
・「チャイニーズレストラン 漢 お試しチョイ呑みコース」 2,500円
・「鶏の醤油煮込み香港スタイル」(半羽) 1,200円
合計 3,700円
※価格はすべて税込