「caillou」のコンセプトはフランスのマルシェ

市場で仕入れた食材が冷蔵ケースに並ぶ。

東急目黒線の西小山駅は、最近、個性的なレストランが集まり話題となっている。そんな西小山駅から歩いて1分のところに11月30日にオープンした「caillou(カイユ)」も、ユニークなスタイルでフランス料理を提供するレストランとして注目されている。

安達晃一シェフの思いが詰まった店「caillou」。

この店をオープンしたのは「ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション」や、「ASAHINA Gastronome」などで研鑽を積み、2020年2月には第70回プロスペール・モンタニエ国際料理コンクールで優勝した安達晃一シェフ。

それだけでも注目度が高いというのに、驚くのはオーダーのシステムだ。料理はアラカルトのみ。しかもメニューがない。ゲストは席に案内されたあと、フランスのマルシェ(市場)をイメージしたカウンターに並べてある食材を選択するのだが、さらにシェフと調理方法だけでなく、ポーション、火入れ、付け合わせなどを相談しながら決めていくのだ。つまりゲストは「自分のための料理」「自分のためのサービス」「自分のためのシェフ」というオートクチュールな演出が楽しめる。

自分のための特別なフランス料理が楽しめると言われると、反対にハードルが高く感じる人もいるかも知れないが、心配はご無用。シェフがおすすめの調理法などをどんどん提案してリードしてくれる。「caillou」は庶民性を重視したビストロ。肩ひじを張らず、気軽にフレンチが楽しめる店なのだ。

サカエヤの肉をアラカルトで食せるビストロ

7.5㎏のサカエヤの肉。注文を受けてからカットしてくれる。

「caillou」にはもう一つ大きな特徴がある。滋賀県にある人気の精肉店「サカエヤ」の新保吉伸さんが手当てした肉をコースではなくアラカルトで食せることだ。

サカエヤはじっくり肉を育てることで、等級に関係なく良い肉を作り出す人気の精肉店。その秘訣が“手当て”と呼ばれる工程である。枝肉を吊るし、熟成させ、個体により保存方法を変える手間を入れることで、肉のうまみが凝縮されA5ランクに負けないほどの肉になるのだ。

都内でもコースのメインにサカエヤの肉が出るレストランはあるが、アラカルトで好きな量を食べさせてくれる店は珍しい。仕入れが難しいからだ。そんな人気の肉を提供するに至った経緯は、肉マイスターの田辺晋太郎さんのサポートが大きいそうだ。「シェフに作りたい店の構想を聞き、店の雰囲気、西小山という場所を考えた時、サカエヤの新保さんが手当てした肉がいいのではないか」と田辺さんが提案。新規店舗でサカエヤの肉を卸してもらうのは難しいが、シェフの思いと田辺さんの熱意が届き、新保さんの手当てした経産牛を扱えることになったのだという。

冷蔵ケースの中には、サカエヤの肉も塊で置かれている。

一般的に経産牛はランクが低いと思われがちだが、新保さんが手当した肉はまったく違う。「子供をいっぱい産んだ牛は、本来それだけでお役御免なんです。肉も硬くて、なかなか市場に出回らない。でも新保さんが肉と向き合い熟成させて仕上げると、長期飼育している分、脂の質が良くなるんですよ。だから300g、400gでもペロリと食べられるんです」と田辺さん。

シェフから新保さんへは「こういう肉を送ってほしい」というオーダーは一切なく、新保さんが「この肉がいいよ」と送られてきたものを調理する。シェフは「肉が送られてくると実際に焼いて自分で食べて、どんな焼き具合がいいのか試行錯誤を重ねてからお客様に出します。新保さんには『肉を渡したら、そこから肉を育てるのはシェフですから』と言われているんで」。新保さんから受け継いだ命を、安達さんが最高の一皿に仕上げ、ゲストの好みに合わせて提供しているのだ。

ミンチ肉とキノコがギューギューに詰められた「パテアンクルート」

肉汁が閉じ込められた「パテアンクルート」は、最初の一皿におすすめだ。

最初にスペシャリテを紹介したが、料理は冷前菜の「パテアンクルート」(1,980円/100g)からスタートしたい。前菜のパイはすでに焼いてあるものがカウンターに並んでいて、好みの大きさにカットしてもらう。パイの中には、仔牛肉とレバー、そして豚の喉肉などのミンチと、大きめにカットしたマッシュルーム、まいたけ、エリンギ、ピスタチオなどがたっぷり詰まっている。パイは肉汁が逃げないように、最初240度で20分、しっかり焼いて外側をコーティング。あとは190度で10分、さらに170度で10分と温度を変え、具材に火を入れていく。

サックサクのパイと、肉のうま味、そして肉汁をたっぷり吸ったキノコの相性はバツグン。さらに、ピスタチオが食感のアクセントになる。最初の1品目は「パテアンクルート」で、ワインを楽しむのがおすすめだ。

トマトソースが味のアクセント「じゃがいもの温かいタルト」

トッピングはパルメザンチーズ。たっぷりかけて召し上がれ。

温前菜は「じゃがいもの温かいタルト」(1,650円/1ピース)を注文。この料理もすでに焼きあがったタルトがホールで並んでいる。オーダーするとこちらも好みの大きさにカットし、最後の仕上げのパルメザンチーズをたっぷりかけてテーブルに運んでくれる。

じゃがいもは牛乳と生クリーム、塩とコショウとナツメグを入れてクリーム煮に。タルトには、キャラメリーゼした玉ねぎを置き、その上にトマトソースを薄く延ばすのがポイントだ。

じゃがいもと玉ねぎの甘さを、トマトソースがほどよく引き締めている。メークインのじゃがいもは形が崩れにくいので食感も楽しめる。シンプルな料理だが、丁寧な仕事ぶりがわかる一皿だ。

濃厚ソースをたっぷり絡めて味わいたい「リー・ド・ヴォーのムニエル」

濃厚なソースはワインとの相性もバツグン。

「イタリア産のリー・ド・ヴォー(仔牛の胸腺肉)なんですが、下処理が必要ないぐらい状態の良いものが入りました」とシェフに教えてもらい、それは食べたいと早速、注文。調理方法はシェフのおすすめに従いムニエルにした。たっぷりのバターを絡ませて焼き上げるので、香ばしい匂いが厨房から漂ってくる。

ソースは、リー・ド・ヴォーが焼きあがったあとの焦がしバターに、レモン汁やシェリービネガー、ケッパーなどを入れたもの。
しっかりした味のソースが決め手となり、濃厚な味わいでワインもすすむ。これはぜひ食べて欲しい逸品だが、リー・ド・ヴォーがいつもあるとは限らない。このレストランで出会う料理は、まさに一期一会なのだ。

サカエヤの肉は特注グリルで焼き上げて仕上げる

シェフこだわりの焼き台で肉を焼くと、煙が舞い上がりそれが風味になる。

そろそろスペシャリテの時間だが、その前にもう一つだけシェフのこだわりを。ピカピカの焼き台の中には溶岩石が敷き詰められている。このグリルは、シェフが特注で設置したものだ。「溶岩石を温めるとそこから遠赤外線の熱が出て、炭火で焼いたような味わいになるんです。たとえば肉を焼くと脂が落ち、炎が上がって脂の香りがついた煙を肉がまとって、それが風味となっておいしくなるんですよ」

焼きあがった肉は、外はカリカリ、中はジューシー。

このグリルでサカエヤの肉を焼くと、どんな味になるのだろう? 期待が膨らむ。サカエヤの新保さんの手当てした肉(6,820円/100g)は200gからオーダー可能。骨付きの塊を、分量に応じてシェフがカットしてくれる。しかし、その肉はすぐには焼かない。まず、冷蔵ケースから出して常温に戻したあと、グリルの強火でさっと焼く。火からおろして一旦休ませ、仕上げに、再び強火でしっかり焼いて香ばしい肉の煙をまとわせていく。味付けは塩とコショウのみで十分だ。

お好みで塩コショウをつけてどうぞ。

外はカリカリ。中は赤味が残っていて、フォークで一切れ持ち上げると、肉がプルプルと揺れる。だが、とろけるような感じかというとそうではない。歯ごたえがあり、噛んでいると肉のうま味がジュワジュワと口に広がって脂がみずみずしくさえ感じる。たとえばA5ランクの肉だと甘い脂の味を想像するが、それとはまったく違うのだ。脂の甘みが主張しすぎないので、田辺さんが「300g、400gでもペロリと食べられるんです」と言った意味がわかる。

ワインはフランス産を中心に幅広くそろえている

ニューワールドのワインもそろっている。ボトルワインは5,820円から。

同店はワインの品ぞろえも豊富だ。ソムリエの瀧本真央さんに話を聞くと「シェフのお料理はクラシカルなフランス料理で、たっぷりバターを使い濃厚なものが多いため、ワインもそれに負けないようなものを中心に用意しています」とのこと。ワインはフランス産だけでなく、ワイン生産の歴史が新しい生産国、ニューワールドのものも置いているので、料理を決める時にソムリエに相談してみよう。

安達シェフの思いを形にした「caillou」

シェフの思いと、多くのサポートがあってオープンした「caillou」。

「こういうスタイルでお店をやっているところはないんですよ。でもマルシェみたいなのって楽しくないですか?」とシェフは言う。最初は頭の中だけにあったアイディアが、田辺さんや、新保さん、そしてスタッフが集まり、みんなでそれを形にして「caillou」はオープンした。

「まだオープンしたばかりなので、オペレーションなどの微調整は必要だと思うのですが、コンセプトを変える気はないんです。芯はブレないで長く続けていける店にしたい。3年後は東京で一番を目指しています。何をもって一番かはスタッフと話し合って決めていきますが、一番、高い店ではないことは確かですね」と安達シェフは夢を語る。

客席からはいつもシェフの働く姿を見ることができる。

下町の力強さが感じられる注目の街、西小山に、行きつけにしたいフランス料理のビストロが誕生した。3年後にはどんな店に成長しているのか、今から楽しみだ。

※価格はすべて税込、サービス料別。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文:谷口素子(UP SPICE)
撮影:松村宇洋(UP SPICE)