2010年の段階でいち早くハラルミートを導入した「炭やき屋」。前編ではハラルミートを導入した当初の苦労などを伺ったが、後編ではハラルミートの知られざる進化の姿が明らかに。

 

オーナーであるロジャー・バーナード・ディアスさんに、ハラルミートを取り扱うレストランとして大切にしていることや、これからインバウンダーたちを迎える機会がきっと増えてくるであろう私たちが知っておくべきことについて伺ってきた――。

神戸牛、飛騨牛、進化し続けるハラルミート

――「炭やき屋」では、現在も普通の肉とハラルミートの2種類を扱っているのでしょうか?

 

ハラルミートのみを提供しています。現在日本には、ハラル屠畜に対応できる食肉加工会社さんが4か所ほどに増えたことで、ハラルミートにも選択肢が増え始めています。「炭やき屋」では、神戸牛、飛騨牛、先のハイブリッド牛の3種類のハラルミートを用意しています。

 

――神戸牛や飛騨牛のハラルミートもあるんですか!?

 

そうです(笑)。当然、コストをかけてハラルミート化するわけですから、一般の神戸牛や飛騨牛よりも高くなります。それにもかかわらずハラルミートの需要が高まっている背景として、一つは海外で絶大なブランド力を持つ“日本産”のハラルミートの輸出を視野に入れていること。そしてもう一つが、外国人訪問者のステータスが上がっていることが挙げられます。「炭やき屋」を利用するお客さんの中にも、一人当たり1万円以上使う方も珍しくなくなりました。

 

一方で、大家族で訪問するマレーシアやインドネシアのお客さんも多い。イスラム教徒の方々ですから、お酒はまったく飲みません。お店の雰囲気や顧客のバランスをどう考えていくかということも、ハラルを扱うお店に問われているところだと思います。ハラルを扱うということはガラリと客層が変わる可能性がありますからね。

上カルビ¥1,300

――イスラム教徒の観光客層のバラエティも豊かになっているんですね。ご自身も外国人であるロジャーさんに言われると説得力があります。

 

「『炭やき屋』に行けばハラルミートの神戸牛が食べられる!」と興味を持ってくれる人も増えているのですが、私自身、自分で値段をつけていてその額に目玉が飛び出る思い(笑)。よく味も分からないのに憧れだけで高価な神戸牛を食べるよりも、手ごろな価格で美味しいハラルミートの焼肉を食べてもらう……つまり選択肢を広げてあげることが重要だと考えています。それが口コミとなり、「『炭やき屋』は良いお店だった」という評価につながると思っています。

 

「炭やき屋」オーナーのロジャー・バーナード・ディアスさん

 

――たしかに初めて食べる焼肉が神戸牛だった場合、前例がないためどれくらい美味しいは分からないですよね。

 

高い肉を食べてもらうのはお店としてはありがたいけど、旅行している人の気持ちを考えるとそう簡単に割り切れません(笑)。当店はヒルトンなどのホテルから、「イスラム圏の宿泊者がこういう肉を食べたがっているのですが、『炭やき屋』さんにありますか?」という問い合わせも受け付けています。送迎サービスもしていますから、旅行者に楽しんでもらうにはどうしたらいいか……そういうことを考えていきたい。

 

意外な共通点!?ハラルミートが精進料理とコラボレーション

――なんというか日本人以上におもてなしの精神が徹底されていて驚きます。

 

いやいや、そんなことないです(笑)。ハラルミートを扱っていると、いろいろな景色が見えてくるんです。私たちが食べることができるものを食べられない人がいる。だったら、どうアレンジすれば、食べられるようになるか? 楽しんでもらえるか? 肉だけでなく、ミルクや卵、食品添加成分などにもハラルはある。飲食に携わるものとして、ハラルをどう受け入れるかは、自分自身の成長にもつながるんです。こういった経験は近からず遠からず日本人の皆さんもあるはずですよ。

 

――我々日本人にも、ですか!?

 

トレーサビリティー(食品がどこで作られ、どのようなプロセスを経て食卓に届くかを明らかにする生産履歴)を気にする人は増えたでしょうし、オーガニックフードなど健康志向の日本人も増えた。うちのお店はトレーサビリティーは明確だし、肉やホルモンの味付けに新鮮なハーブを使用するなどオーガニック志向も強い。ハラルって、昨今の日本人の食事情と少なからずシンクロするところがあるんです(笑)。

 

――なるほど……たしかに近年顕著な日本のデリケートな食事情と重なる部分がありますね。

 

それに日本には、ハラル的な発想に近い精進料理という文化もある。今、私はハラルミートを扱った料理と精進料理のコラボを考えているんです。精進料理は、椎茸や昆布などで出汁を取り、塩を少し加えるだけで風味のある複雑なテイストを作り出すことができる。もうすぐメニューがリニューアルするんですが、精進料理からインスパイアされた料理も登場しますので、ぜひホームページをチェックしてみてほしいです。多くの日本人の方に、興味を持ってもらえると思います。

 

――進化するハラルミートが、まさか精進料理とコラボするところまで発展しているとはビックリです。

 

ハラルフードを扱うということは、イスラム教徒のいる100か国以上に対する勝負です。各国それぞれに多少の差異があるとは言え、ハラルという大きな傘の下で提供する以上、一番高いところにハードルを設定しなければいけません。スリランカレストランであれば、スリランカ風でも許される。ですが、ハラルはそうはいかない。そして、ハラルという食文化に対して、宗教上の理由という観点だけで考えるのではなく、健康や安全という視点を持つことが大切だと思います。その姿勢がなければ、ハラルの本質は理解できない。健康や安全という側面から、ハラルに対する関心が高まってくれたらうれしいですね。

 

 

取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)