〈僕はこんな店で食べてきた〉
客人をもてなす「うな重」
私の子供の頃といえば1970年代。つまり高度成長の真っ只中なのだが、我が家では夜に親戚が遊びに来れば「すき焼き」、それ以外の親しい客人の場合は「うなぎ」と決まっていた。「寿司」のときもなくはなかったけれど、なんとなく外で食べるものという認識だったと思う。
そのうなぎも「うな重」一択。子供だから松だの梅だのはわからず、親の代わりに出前をお願いするときは、名前を名乗れば店はもう心得たものを持ってきてくれたことを思い出す。
伝統の「白焼き」
そんな思い出があるせいか、うなぎをコースで食べたのは成人してからのこと。たぶん初体験は260年の伝統を持つ上野「伊豆榮」での出来事だ。不忍池を眺めながら、テーブルで白焼きを味わったのはもう30年前のことだと思う。
定番の「うな重」
伊豆榮もそうだが、東京には江戸時代から歴史を受け継ぐうなぎ屋がたくさんある。なかでも印象に残っているのは麹町の「丹波屋」だ。丹波屋は江戸時代の「蒲焼番付」で東の大関の位置をずっと占めていたという実力店で、私もかつて何度か訪れた。が、80年代に当時の当主がモダンなビルに建て替え、エスニック風のうなぎなど不思議なメニューを増やしたあたりから風向きが変わり、数年後には閉店。
いまは、近くにある「秋本」が老舗然として盛況だが、実は大正時代に出来た店だからうなぎ屋としては決して古いわけではない。
老舗の「料亭風」
料亭風に洒脱なうなぎを食べさせるのは、東京では赤坂にある「山の茶屋」と「重箱」の二軒が筆頭だろう。ともにルーツは江戸時代にあるが、どちらかというと重箱のほうが脂をしっかりとはおとさず、こってりとして仕上げている。私は仕事でお世話になったこともあって、重箱のほうを贔屓にしているが、料理の作法によって好き嫌いは分かれるようだ。
ファンを増やす「関西風」
こうした古いうなぎ屋がいまだにたくさん残っているのが東京のよさだと思うが、それに対抗するように、最近増えてきたのは関西風の地焼きのうなぎだ。関東風は背から開き、蒸してから焼くのだが、関西風は腹から開き、蒸さずに焼くことで、脂があまり抜けず、シンプルにうまく感じるという特徴がある。
私がはじめて関西風のうなぎを知ったのは高田馬場「愛川」だったが、有名なのは、食べログの東京「うなぎ」ジャンルでトップを走る池袋「かぶと」。先代は「関東風がうまいという奴はいますぐ出て行け」というほどの関西風愛好家で(いまの主人はおとなしい)、蒸さずに目の前の炭台で時間をかけて丁寧に焼くうなぎが自慢だ。
工夫を凝らす「新興勢力」
そして、数年前からうなぎのぼりに評判が上がっているのは「瓢六亭」。渋谷と赤坂にあり、どちらも天然のうなぎを関西風に供する他、昨年9月には六本木ヒルズに姉妹店「 鰻處 黒長堂」も出来た。どこもうなぎの鍋など新しい料理にも挑戦しているので、何度訪れても飽きない。
さらには、押され気味だった関東風にも、新しい店が出てきた。麻布十番「時任」がそれだ。東麻布のうなぎの老舗「野田岩」で修業した時任恵司さんが出した店で、うなぎを使った洋風な料理が何皿も出たあとにうな重が出てくるコースが中心。
新しい試みは現代風でありながら、伝統的な味わいもきっちりと守っているところに、逆に新鮮さを感じる。