ぶらり町中華の旅 Vol.2

ビームス/社長室 宣伝統括本部 コミュニケーションディレクター 土井地 博さんが愛する恵比寿「栄楽」の“究極の普通”

長年愛されつづける町中華の魅力を紹介する連載第2回。今回はあの人気セレクトショップ、ビームスでさまざまなコラボ企画などを手がける土井地 博さんに、オフィスのある原宿で出会った町中華を教えてもらった。

 

「今は恵比寿で営業していますが、原宿にあったころは、近くで働くアパレル関係者の胃袋を満たしてくれる、まさに愛すべき存在でした」と、「栄楽」を紹介してくれたのは、セレクトショップ、ビームスのコミュニケーションディレクターを務める土井地さんだ。

西口ではあるが、待ち合わせスポットの大定番の恵比須様。

 

原宿で長年愛され続けてきた「栄楽」は、2011年にひっそりと閉店。同年11月に、自宅でもあり、元々の2号店があった恵比寿で営業を続けている。

最寄り駅は恵比寿。東口から徒歩で10分ほど。

 

場所は駅の東口を出て北里通りを北里大学方面に向かって歩いた10分ほどのところ。

若いサラリーマンや女性が多く集まる、恵比寿の憩いの場「恵比寿横丁」。「栄楽」の帰りにちょっと一杯で寄ってもいい。

 

「原宿で働く前から色々な先輩に連れて行ってもらっていたのですが、もう10年以上通い続けたお店です」(土井地さん)

飾り気のない店内だが、どこか心がほっと落ち着く雰囲気。

 

昭和35年6月6日、先代の細谷栄さん(他界)と幸子さんのご夫婦が、原宿駅から竹下通りを抜けた先の今で言う「裏原宿」で創業。東京オリンピックや高度経済成長期のど真ん中を見守り続けてきた。昔は出前なども多く、従業員も雇っていたそうで、だいぶ繁盛していたという。そして、昭和42年には恵比寿に2号店も出店。恵比寿店を先代の栄さんが、原宿店は幸子さんが切り盛りしてきた。(恵比寿店は7年ほどで一度閉店)

現在のお店の外観。入り口横の大きな看板が客を迎える。

創業58年、素朴さの中に隠れた店主の意志

今回、取材に対応してくれたのは、1990年に現主人の隆広さんと結婚し、「栄楽」へと嫁いできた理恵子さん。気風もよく明朗快活な人柄だ。

創業当時、原宿時代の「栄楽」の写真。昭和ノスタルジーを感じてしまう。

 

「義母(幸子さん)は本当に苦労してきた人。『栄楽』だって最初は、子供のミルク代を稼ぐために借金をして始めたって聞いています。良い時も悪い時もいっぱいあったみたいだけど、それからもう、58年ですよ」と語る理恵子さんは、隆広さんとの結婚が決まってから原宿のお店でお手伝いをしていたという。

店の片隅にある招き猫。きれいにしようと思って拭いたら塗装が剥がれてしまったのだそう。

 

当時の原宿は、現在と同様に土地柄、アパレルや美容関係が多く、そのショップ店員さんなどが多く通ってくれたそうで、今回、「栄楽」を紹介してもらった土井地さんもそのひとりだ。

半チャーハンとラーメンのセット900円。町中華の定番とも言うべきメニュー。国産豚のげんこつのみを使用したスープをベースにした醤油味のラーメンは創業時から変わらぬ味。チャーハンは説明不要のおいしさ。

 

「よく食べていたのは、チャーハンとラーメンのセットでしたね。ボリュームもあって、素朴で昔ながらの味わい。“東京テイスト”の味でクセになります」(土井地さん)

ゆっくりと丁寧に味付けをしながら鍋を振るのは、現店主の隆広さん。

 

ラーメンは、国産豚のげんこつのみを使ったスープをベースに作るいわゆる“普通”の醤油ラーメン。その普通っぽさが、素朴でどこか懐かしさを感じられる味わいなのだが、実はそこには店主の思いが詰まっている。もちもちとした麺は、厨房の後ろにある製麺機で打った自家製麺。脂身の少ないさっぱりとした味わいのチャーシュー、しっとりとしながら歯ごたえもあるメンマも自家製で、創業時から変わらない味を守り続けている。

 

「本当は面倒くさいけど、できるだけ自家製で提供したいと思っているの。チャーシューとメンマは、少し赤みがかっているでしょ。うちの店はそれが特徴。あ、でも作り方は秘密よ」と笑う理恵子さん。土井地さんがすすめるチャーハンも、ほどよいパラパラの焼き加減で、素材の甘みがじんわり旨い逸品だ。

 

それぞれが素朴な味わいなのだが、しみじみ旨い。そんな定番メニューの2つが、ベテランらしいタッグを組み、お得なセットとなっているのだから、お客にとってはうれしい限りだ。

移転前の常連が現在も通いつづける、愛される理由とは

タンメン800円。キャベツ、もやしがどっさり。澄んだスープはコショウが効いており箸が進む。お酢と自家製ラー油で味の変化を楽しむのもいい。常連曰く「二日酔いに良い」そうだ。

蟹玉1,500円。具材はネギと玉子と蟹だけ。ふわふわ玉子にシャキシャキとしたネギの食感が小気味よい。蟹の身もたっぷりでまろやかな酸味が印象的な味わい。理恵子さん曰く自家製ラー油をかけるのがおすすめ。

 

「原宿の時の常連さんが、今でもタクシーに乗ってまで来てくれるのはうれしいですね。この前も、ちょうどビームスの方がいらしてくれたのよ」(理恵子さん)

 

常連に長く愛され続ける理由といえば、いつ訪れても変わらぬ味はもちろんだが、表情にこそ出さないが労力を惜しまず、自家製を提供しつづける隠れた努力だ。製麺機は「ヱビス製麺所」の製麺機を使用している。数十年もの間、自家製麺を打ってきた製麺機だが、実は「ヱビス製麺所」がすでに閉業しているため、修理もかなり困難だという。「だから、この製麺機が壊れたら、お店はおしまい!」と理恵子さんは笑い飛ばす。

 

原宿時代の味を懐かしんで、わざわざ駆けつけてくる常連も多く、長きにわたって愛される「栄楽」を支える影の立役者である製麺機。まだまだ、壊れてもらっては困る。

 

※価格は税込

教えてくれたのは

ビームス/社長室 宣伝広報統括本部 部長 兼 コミュニケーションディレクター

土井地 博さん

 

大阪のショップスタッフを経て、メンズPR担当として上京。PR業務を行いつつビームスが実施する各コラボレーション事業やイベントの窓口を担当。洋服だけではなくビームス グループの各周年事業やFUJI ROCK FESTIVALをはじめとした音楽イベント、アートイベント等を手掛ける中心人物として長年業務を行っている。現在はビームス グループ全体の宣伝・販促を統括するディレクターでもあり、社内外における「ビームスの何でも屋さん」というネーミングを持つ仕掛人。

 

写真:大谷次郎

取材・文:盛岡アトム