おいしい「鴨」そばが食べたい!
秋が深まると無性に恋しくなるのは、「鴨南蛮」や「鴨せいろ」。人の手で飼育される合鴨も、野生の真鴨同様、寒くなるにつれて脂が乗り、美味しさを増すものです。そこで今回は、東京でおいしい鴨そばを楽しめる3軒を、そば研究家の前島敏正さんに教えていただきました。
銀座長寿庵
最初にご紹介いただいたのは、「鴨せいろ」発祥の店とも言われる老舗「銀座長寿庵」。 「そばはもちろん、鴨そのものも美味です」と前島さんが太鼓判を押す「元祖 鴨せいろ」(税込1,100円)は、訪れる人の7割以上が注文する人気メニューです。
「元祖 鴨せいろ」
「元祖 鴨せいろ」の特徴は、埼玉県幸手産の合鴨肉の、2種類の部位を使っていること。多くのそば店が「鴨せいろ」に使用するのは合鴨のロース肉(胸肉)だけですが、「銀座長寿庵」ではロース肉と共にもも肉も使っています。3代目の天野徳雄さんに理由を尋ねると、それぞれの部位の魅力を教えてくれました。
3代目の天野徳雄さん
「ロース肉は合鴨特有の香りが豊かな部位ですが、もも肉は脂が多い部位。もも肉の脂の不飽和脂肪酸は液体に溶けやすく、火を入れても硬くなりにくいという長所があります。そのため、最初に細かく切ったもも肉をつけ汁に入れて温め、つけ汁に旨味を移し、それからロース肉とネギを入れて仕上げるようにしているのです」
そんな手間をかけて作る「鴨せいろ」の原型が「銀座長寿庵」で誕生したのは、昭和38年の春。自分の食べかけの「ざるそば」の汁を誤ってこぼしてしまった2代目店主が、近くで幼い娘が食べていた「鴨南うどん」の汁にそばをつけて食べてみたところ、意外な美味しさに気づいたのがきっかけだそうです。“温かい汁に冷たいそば”という取り合わせは今でこそポピュラーですが、当時は「冷たいそばは冷たい汁で食べるもの」だった時代。そばのつけ汁も、冷たいそば用の「辛汁」と、温かいそば用の「甘汁」の2種類が作られていましたが、「銀座長寿庵」では中間の辛さの汁が「鴨せいろ」のために考案されました。
「そもそもそば店が辛汁と甘汁を用意している理由は、温度によって辛さの感じ方が変わるため。人間の味覚は冷たいと辛さを感じにくくなるため、冷たいそば用の汁は辛口なのです。しかしこれを火にかけると、醤油の強さが際立ち、鴨肉の旨味が感じられにくくなってしまう。そこで『元祖鴨せいろ用』に、火を入れた時にちょうどよくなるような辛さの汁を作ったのです。辛さの度合を10段階で表現するなら、辛汁は10、鴨せいろ用は7ぐらい、甘汁は5ぐらいですね」(天野さん)
そして、汁につけて味わうそばは、北海道旭川市江丹別町の自家農地で栽培した最高級の玄そばを石臼で製粉し、店の3階で打ったもの。七三の割合で打たれたそばは喉越しがよく、つけ汁の絡み具合も絶妙です。