〈おいしい仕事の仕掛け人〉

「食」は人の暮らしや世の中の価値観を変えてしまうことだってある。そんな「食」の可能性を信じて、ビジネスに取り組む人にフォーカスする連載がスタート。トップバッターは「サンシャインジュース」の創業者であり、CEOの剛 嘉徳さんが登場。「コールドプレスジュース」という新ジャンルのドリンクと、それに伴う健康志向のライフスタイルを提案した剛さんの哲学とは?

剛 嘉徳 Ko Yoshinori

株式会社サンシャインジュース 代表取締役社長

16歳でアメリカに渡り、以降日本・台湾での生活を経て2014年1月、日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」をオープン。ボトル1本で1~1.5㎏の野菜や果物を使用し、ゆっくりプレスすることで素材に熱が加わらず熱に弱い栄養素も摂取できるコールドプレスジュースは、不要な繊維質も分離するので、消化の負担をかけずに効率的に野菜を取り入れることができる。現在は都内に6店舗(インショップを含む)を構えるほか、JAL国内線ファーストクラスにも搭載されている。自身の日常生活にもスポーツは欠かさず、趣味はランニングを中心とした持久スポーツ。フルマラソンは毎年サブスリー(3時間を切るタイムのこと)を達成。

コーヒー1杯の代わりにジュースを

――今となっては「コールドプレスジュース」というジャンルは、広く知られるようになりましたが、創業時はどのような感じだったのでしょうか?

 

:2014年に恵比寿にわずか6坪の1店舗目を作った時は、ここまでになるとは思いませんでした。最初は「こんなジューススタンドがあったら自分自身が一番うれしい」と、ただそれだけでしたから。始めるときは「ジュースなのに高い」とか「商売になるはずない」と色々忠告もいただいたりしましたね。

 

――コールドプレスジュースのビジネスを始めたきっかけは?

 

:生まれは日本なんですが、アメリカには約8年、祖父の故郷である台湾には約3年暮らしました。今思えば、祖父の家に遊びに行く度に祖母が作る野菜ジュースを飲んでいましたね。

コールドプレスジュースに出会ったのは大人になってからNYで。2011年頃のことです。現地の友人に「絶対、おまえは気にいるから」と連れて行ってもらったのが初めてでした。「熱に弱い栄養素も壊さず、液体だから大量の野菜を身体に負担をかけずに取り入れることができる」という説明通り、飲んだら身体の調子が本当に良かったんです。「飲むだけで身体も心もこんなにいい感じになるなんて最高!」と思いました。カフェでみんな1日に何杯もコーヒーを飲んでいますよね、それを1杯でもこの自然全開のジュースに変えたい、このジュースなら多くの人の暮らしを良くする力があると確信したんです。

 

――世の中の健康志向と重なり、「コールドプレスジュース」はトレンドワードのようになりました。ブームで終わってしまうかもしれないという危機感はありますか?

 

:ないです。そうならないように努力していきたい。僕が仕事で一番大事にしていることは「質が高い“本気”(authentic)の商品を作ること」。農家をまわり、作り手の方と話をし、誰が作っているかわかる野菜を使う。

ジューサーも最もクオリティの高いジュースを作ることができるアメリカのGoodnature社のマシーンを各店舗に設置し、販売するジュースは各店舗できちんと搾ることを徹底しています。とにかく自分が飲みたい自然全開クオリティのジュースをしっかり作り続けること、自分にもお客様にも嘘をつかないことは貫きたいですね。

――野菜の作り手の方とはどのようにコミュニケーションを取っているのでしょうか?

 

:今は月に2回は各地の農家をまわります。はじめにジュースを作り始めた頃はどこで食材を買えばいいかわからず、手当たり次第でかき集めたりして、原価が1本3000円になっちゃったこともありました(笑)。

そこで飲食関係の先輩に紹介してもらい、農家の方々の集まりに「野菜のことを教えてください!」って飛び込みで参加したりして。そんな感じでオープン前の1年間はずっと各地の農家をまわっていました。いろんな人と出会い、現場を見て知ったのが規格外の野菜は見た目が理由で売りにくく、売れないと捨てられているということ。それならば野菜の見た目は関係ない僕たちでそういう野菜を買えばいいじゃん、と。そうすれば生産者の方にとってはプラスになるし、廃棄も減る。そして僕らはマーケットよりも素材が安く手に入る。いいことずくめなんです。

いつかそういった規格外野菜のロスを100%なくす形を作れたらいいなと思います。そのためにもやはり農家さんの生産の現場を見せてもらって、直接話を伺うことって価値だと思うんです。

 

――生産者と、一緒に課題を解決していくわけですね。

 

サンシャインジュースに関わってくださる農家さんは常にチャレンジされている方が多いです。可能な限り自然農法にしたり、売り先もまだないのに新しい野菜を作ったり(笑)。そういうのを見ると僕らもなんとかしてサポートしたいと思うんです。東京は消費する街。生産者の方が丁寧に作った素晴らしい野菜を選び、お客様の身体のためになる本気の商品を作って、購入したお客様が身体の調子が良い感覚を感じてもらうことで、良いスパイラルができてより良い野菜が流通するようになる。そういう流れを作りたいんです。

とはいえ、ジュースの搾りかすやボトル素材など解決したい課題はまだまだあります。今、少しずつ前進していて、例えば搾りかすはカレーやスープの出汁にしたり、農家さんで肥料にしてもらっています、また、染色に使ってビーツやウコンの搾りかすで染めたオリジナルのエプロンやバッグも販売しています。ボトルも将来は土に還るプラスチックやガラスボトルの使用を考えています。

 

――ジュースにとどまらず、さまざまなメニューも提案されていますよね。ビジネスのアイデアはどんな時にひらめくのでしょうか?

 

:インスピレーションは旅をしている中で生まれ、そのアイディアを育てるのがランニングをしている時です。

時間があれば日本と世界とを旅するようにしていて、そこでの経験や出会いで新たなアイディアが生まれます。また毎日1-1.5時間のランニングで自分一人の時間をもって頭の中を整理します。ランニングは身体というよりも精神のための時間です。

噛み砕いたように野菜を細かくすることで野菜の細胞壁を壊し、栄養素を効率的に取り入れることのできるチュードサラダ。1カ月食べ放題プランなどユニークな試みも。

――サンシャインジュースのこれからの目標、剛さんが目指すゴールはどこに?

 

:身体の調子を整えれば生活のリズムも良くなります。例えば、二日酔いで寝不足の朝よりも、すっきりと起きた日の方が朝日もきれいに見えますよね(笑)。そんな日は外でも他の人に挨拶が自然に交わせるし、その一言でみんなが1日が気持ち良く過ごせたりする。身体の調子が良いと精神もポジティブになっていくんです。

ひとりひとりのそんな小さな心地よさが連鎖していけば、人と人のプラスのコミュニケーションも生まれ、最終的には世の中がより良く、平和になっていくと思うんです。「飲んで痩せます」とか「きれいになります」ももちろんそうなんですが、サンシャインジュースで僕が伝えたいのは「この自然の力が詰まったジュースを飲めば世界が平和になります」です。

かなり間ははしょってますけど(笑)。でもサンシャインジュースにはそれだけのパワーがあると信じています。

 

取材・文:牛丸由紀子

撮影:松園多聞