〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

日常に寄り添う自然派ワインがある居酒屋

内観

私鉄の各駅停車の駅に降り立つと、どこかのんびりした気持ちになる。豪徳寺は路面電車の世田谷線の山下駅も交差しているため、よりなごやかな風景がある。そんな街にあって会社帰りに立ち寄れるオアシスのような場所となっているのが、居酒屋「ケトク」だ。

店主の松岡悠さん。「居酒屋さんとして自然派ワインを楽しんでください!」

店主の松岡 悠さんは東京の自然派ワインレストランの先駆けである三軒茶屋「ウグイス」に10年勤務した後に独立。自身の店を持つなら「ご近所の人が集まるようなローカルな店にしたかった」と居酒屋を開店。日本酒やビールもあるが「自然派ワインの良さは日常性」と語り、肉もやしや水餃子にも合うリーズナブルで親しみやすいワインが提供されている。

ピリ辛肉もやし×濃い果実味白ワイン

トムヤム風味の肉もやし(300円)

「入ってきて3秒で注文できる気軽なものを作りたくて」と松岡さんが考案したのが「トムヤム風味の肉もやし」。もやしと鶏ひき肉をトムヤムペーストでアレンジした料理は、提供が素早い。いわゆる“つきだし”メニューとして常連に愛されており、300円と気軽な価格もうれしい。それでいて食欲を刺激する旨さがしっかりある。

ドメーヌ・チュロニス エスプリ・ヴァンダンジュール2020(グラス1,300円、ボトル7,800円)

入ってきてすぐに肉もやしと合わせて一杯やりたいのが、フランス・ラングドック地方のソーヴィニヨン・ブラン。「夏みかんやマーマレードのような果実の濃さがあって、若干の発泡している白ワインです。一般的なソーヴィニヨン・ブランよりも果実の強さがあって、ややクセもあるので、肉もやしのトムヤムクンのレモングラスの風味と合って、いいスターターになります」と松岡さん。少しパンチのある組み合わせが、パッと時間を切り替えてくれる。

牡蠣のコンフィ×ドライなオレンジワイン

牡蠣のコンフィと春菊のピュレ(800円)

お腹を落ち着かせた後に食べたいのは「牡蠣のコンフィと春菊のピュレ」。生っぽい食感を残した牡蠣のコンフィと、焼いた春菊とピュレのW春菊を合わせた一皿。「焼いた春菊はワイルドなスモーキーさがあって、ピュレには甘みがあるので、違う味わいの春菊と牡蠣を楽しめます」と松岡さん。さりげない一皿に絶妙な味わいの仕掛けが隠されている。

春菊の中から丸ごと牡蠣が登場!
カンティーナ・オルソーニャ ジビッボ2023(グラス1,000円、ボトル6,000円)

牡蠣のコンフィに合わせたいのは“ジビッボ”というワイン。イタリアの現地でマスカットオブアレキサンドリアのことを指す。「クリアなオレンジワインで、甘さもドライさも感じられるワインです。今回の春菊のように甘みと苦みがある料理に合います」と松岡さん。牡蠣のコンフィを軽快に楽しめる組み合わせだった。

かぼちゃのグラタン×熟旨赤ワイン

牛のラグーとかぼちゃのグラタン(1,300円)

お腹を満たす一皿としておすすめなのが「牛のラグーとかぼちゃのグラタン」。赤ワイン仕立ての牛肉のラグーとかぼちゃをグラタンにした素朴な料理。いわゆるミートグラタンのかぼちゃバージョンだが、ポテトをかぼちゃに変えて出るほっこりした甘みが大満足の一品。小さなガラス容器に入っているので、グラタンを贅沢に一人占めできるのもうれしい。

掘り起こすのが楽しいグラタン
ドメーヌ・リヴァトン ヴィエイユ・ヴィーニュ2017(グラス800円、ボトル4,800円)

かぼちゃのグラタンにぴったりなのが、フランス・ルーション地方の赤ワイン。「グラス800円とリーズナブルながら、8年熟成されていて、決してチープにならず、濃い味わいが楽しめる赤ワインです。シラーの黒こしょうのスパイス感も利いていて、居酒屋の自然派ワインとして優等生。誰とでも仲良くしてくれるいいやつです」と松岡さん。気難しさのない味で、素朴なグラタンとのバランスが最高だった。

松岡さんの「私が恋した自然派ワイン」

エルヴェ・ヴィルマード キュヴェ・ボヴァン・ブラン2023(グラス800円、ボトル1L 5,400円)

松岡さんが恋した自然派ワインは、ケトクらしさのある一本。

「ロワールのエルヴェ・ヴィルマードという造り手のワインです。こちらのワインは、自然派ワインの中でも毎年の安定感がすごい。ピュアなグレープフルーツや、ソーヴィニヨン・ブランらしいほろ苦い個性もそのままに、着飾らず、健全なブドウだけでできた白ワインです。決して味筋に特筆すべきものはないんですけど、毎年同じ価格で同じ味。僕にとって自然派ワインは日常的なお酒として飲めることが理想。それに一番近い存在のワインです」

気軽な価格と味を大切にしたラインアップ

ケトクでは「できれば1,000円以内でワインを飲んでほしい」との思いから、グラスワインが800円から用意されている。そのため、チリやハンガリーなどコストパフォーマンスに優れたワインがあれば積極的に取り入れられている。また、自然派ワインの個性的な味に慣れていない人でも親しめるよう、誰もが楽しめる味のものを豊富に用意。日常的なお酒としての自然派ワインがラインアップされている。グラスワイン(6種類)800〜1,500円、ボトルワイン(50種類)4,800〜10,000円。

疲れた日、今日もケトクが開店している!

楽しそうに出迎えてくれる松岡さん
外観

ケトクは豪徳寺駅から徒歩1分の駅前の通り沿いにあるが、少し奥まっていて奥ゆかしく明かりが灯されている。一歩入ると、気軽だけど絶妙においしい一皿と一杯で、普段着の楽しさをくれる。都会で一日働いた大人をほっこり癒やしてくれる住宅街の名酒場なのだ。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:山田大輔