【食を制す者、ビジネスを制す】

大手町に行くとラーメンを食べたくなる

 

日本の3大メガバンクの一つであるみずほフィナンシャルグループは2000年に富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3行が合併して発足した銀行である。そのうち、富士銀行は旧名を安田銀行と言い、かつて安田財閥の中心的な役割を担った銀行だった。戦前に三井、三菱、住友に次ぐ規模であった安田財閥は、三井、住友が江戸時代からの長い歴史を持つのに対し、三菱の岩崎弥太郎と同様、明治維新後に急速に巨富を築いた財閥だった。

その創業者こそ、「金融王」と呼ばれた安田善次郎だ。1838年、富山藩の下級武士の家に生まれた善次郎は、半農半士の身の上から、江戸で玩具商や両替商の丁稚奉公を始め、やがて25歳で独立し安田屋を開業、鰹節などの乾物小売と両替商の露店からスタートした。

善次郎はそこから小銭両替の手数料をコツコツと貯め、3年後の66年には日本橋で念願の両替専業、安田商店を構えた。その後、通貨鑑定の能力を評価され、幕府の古金銀回収御用を務め、70年には5000万両の資産家となった。

そんな善次郎がさらに大きな存在になっていくのは、76年に第三国立銀行の設立に係わってからだ。同銀行は、明治政府主導による新しい金融制度の整備のためにつくられた銀行だったが、善次郎は続く80年に自前の安田銀行を設立する。

善次郎は第三国立銀行と安田銀行を両輪に経営不振の地方銀行を次々と吸収合併し、安田系銀行の勢力を増やしていった。この間、創設された日銀の理事を務めるなど、独立からわずか十数年あまり、40代にして日本有数の金融業者に上り詰めたのである。

 

成功の秘密は「勤倹克己」

そんな安田善次郎の成功の秘密は、「勤倹克己」にあった。つまり、自分の欲望に負けず、倹約に努めたのである。そのため、世間からは吝嗇(りんしょく=ケチ)と見られた。

実際、最初の妻は浪費癖があるからと離縁し、お付き合いの寄附は必ず断ったなどケチなエピソードは多い。だが、実際には東大安田講堂をはじめ、東京市政会館、東京慈恵会など教育、行政、医療などの社会事業に多額の寄附を行っている。

善次郎は知られないことに徳があるとした陰徳の思想の持ち主だった。さらに熱心な仏教信者でもあったので、因果応報を信じた。

それゆえ孫にも毎朝仏間で般若心経を唱えさせ、自家製の人生すごろくとも言うべき「身家盛衰循環図系」など多くの遺訓を残した。かつて安田家の現在の当主である安田弘氏に話を聞いた際、次のように語っている。

「勤倹、克己は、じいさんが江戸へ出てきて安田屋を開いたときに立てた誓いです。そして、うそをつくな、悪口を言うな、自慢をするな。これを今日一日だけ守れ。長いこと考えると恐ろしくてできなくなるから今日一日だけやれと。できるだけやったら、忘れて、明日また同じことをやれ。仮に積み残しても忘れて、次の日にまた同じように努力しなさい。それを『今日一日之事』として熱心に説いていました」

豪奢な生活はもってのほか、派手な財界活動も慎んだ。「何事も謙虚に驕り高ぶるな」ということを守り続けた。財閥解体に立ち会った安田財閥最後の当主と言われた安田一(はじめ)は、善次郎の教えを受け継ぎ、発展させた。

「おやじは、金融は公益事業と同じと言っていました。それを個人の一家族で持っているのはおかしい、パブリックに戻すべきだと。財閥を自主的に解体したのも、そうした考えがありました」(安田氏)

善次郎は82歳のとき大磯の別荘に滞在中、暴漢に襲われ不慮の死を遂げた。そのころ善次郎は別荘の裏山に西国三十三番の札所に模した遊歩道をつくり、建立する仏像彫刻の準備を進めていたという。

 

知る人ぞ知る「大手町ラーメン」

そんな善次郎を始祖の一人とする現在のみずほフィナンシャルグループは、大手町の旧富士銀行本店の跡地に建った高層オフィスビルに本店を置いている。

今、大手町はどんどん新しい高層オフィスビルが建てられており、ここ十年ほどで街の様相は大きく変化している。昭和時代にできたオフィスビルは取り壊され、古くからあった地下街の飲食店は姿を消し、代わって新しい飲食店がテナントとしてどんどん進出している。

ランチ時ともなれば、ビジネスパーソンであふれかえり、デパートの飲食店街さながらに、どこもかしこも行列ができている。

そんな中、奇跡のように大手町で古くからやっている老舗のラーメン店がある。それが「大手町ラーメン」だ。最新オフィスビルの地下街にあるようなきれいなラーメン店ではなく、いぶし銀のラーメン店だと言っていい。大手町の高架下にあり、最初はなかなか発見できない。知る人ぞ知る隠れ家のようなラーメン店だ。

土地柄、利用者のほとんどはビジネスパーソンだが、いつも男性占有率は100%。お薦めはとんこつしょうゆベースの「スタミナとんこつラーメン」だ。無料で野菜大盛か替え玉を選ぶことができる。ほかにしょうゆラーメンなどもある。洗練されていく大手町にあって、昭和の雰囲気を残し、オジサマから若手までファンは少なくない。一人でゆっくり、ガッツリ食べたいときに、打ってつけのラーメン店だ。しかも、割高なビジネス街にあって、ほとんどのメニューが1,000円以内と財布にもやさしい。善次郎と同じく、「勤倹克己」に務めれば、あなたも成功に近づくことができるかもしれない。

出典:Légumeさん