目次
〈おいしい歴史を訪ねて〉
歴史あるところに、おいしいものあり
歴史があるところには、城跡や建造物や信仰への思いなど人が集まり生活した痕跡が数多くある。僕は、訪れた土地の、史跡・酒蔵・陶芸・食を通して、その土地の歴史を感じる。まあ、有り体に言えばボケないように歩いて、ちょいとお酒をいただき、そこにしかない名物や旬のものをいただき、さわやかに人生を楽しもうということだ。世の中にはおいしいものがたくさんある。そんな歴史の偶然(必然?)から生まれた美味が交差する場所を届けていく。
第1回 松江城と、島崎藤村が愛した鯛めし
第一回は江戸時代初期建造の天守が現存する城であることが最大の魅力である松江城。つまり、歴史の匂いがそのまま包み込まれた場所であり、廊下や石垣を散策すると一歩一歩の足音だけでもここに来た実感があって素敵だ。バランスの良い城内と周りの堀を歩くと「松江に来てよかった」といつも思う。
松江という地名を聞いてすぐ浮かぶものはやはり松江城だ(鯛めし・ちくわという人もいる)。別名を、千鳥城。天守が国宝指定された5城のうちの一つである。それ以外の4つは犬山城・松本城・彦根城・姫路城となる。この4つもいずれ行くことになるだろう。
まずは「水の都松江の宍道湖」の夕陽を皆さんに眺めていただきたい。古事記に出て来る「因幡の白うさぎ」の場所は隠岐島(写真上)が本命と僕は推理している。まあ、この話を書き出したらきりがないので、宍道湖から遠く日本海を見ているとなんとなく神話の情景が浮かぶ場所と教えておく。なんでも夕陽が落ちていく方角は神々の里「出雲大社」へ向いており、因幡の白うさぎも見ていたかもしれない。『山紫水明』。山は日に映えて紫色に見え、川の水は澄んで清らか。とてもロマンチックで安らぎのある風景ではないだろうか。
よく考えてみると島根の松江は大陸と近いため歴史的に見てもかなり当時の中国と行き来があったはずだ。なのに、辛子や中華系の食物も見当たらないし、北から北前船も行き来したはずなのにあまりその痕跡がない。
独特の松江の風土はどのように生まれたのか? 出雲神話の影響もああるだろうか。奈良時代の生活や様子を記録した出雲国風土記などをひもとくといたってシンプルに生きている。僕の推理だが、もしかすると宍道湖(汽水湖で塩分濃度が1/10)という存在が大きかったのでは。
宍道湖は、湖というより大きな海のイメージがある。真ん中に神様が住んでそうな島がある。とても穏やかな優しい波で落ち着いた自然が、ここの民に素材をどう活かせばおいしいかを考えさせたんだろうか。そう思うと、宍道湖で取れる7種の魚介類を表した宍道湖七珍(スズキ・ヨシエビ・シラウオ・シジミ・ワカサギ・コイ・ウナギ)などが生まれたのも、うなずける。
大海原の日本海に面した島根。トビウオはアゴとも呼ばれ、出雲地方独特の調理法でちくわ状にした「あご野焼き」は実にうまい。
さらに、奥出雲などを代表するお米・ネギ・椎茸を代表とする野菜たちを生かした山の幸が海の幸を盛り立てて絶妙なバランスが「おいしい旅」を演出してくれる。
そんな松江で見つけた、おいしいものをいくつか紹介しよう。
島崎藤村も愛した、「皆美館(みなみかん)」の鯛めし
「皆美館(みなみかん)」は、島崎藤村が定宿にしていて、いろんな文人もここに通った130年の歴史と伝統を誇る山陰随一の老舗旅館。鯛めしというと、鯛を丸々一匹釜で炊くイメージがあるが、こちらの鯛めしは、それとは見た目も、味も、食べ方も全く違う料理だった。炊きたてのご飯に、鯛をはじめとした具材をのせてダシをかけて味わう、お茶漬け風の一品だが、とにかく品格のある鯛めしだ。
ごはん、鯛のアラで取った出汁、そこにのせる具が別皿で現れる。具は、鯛そぼろ、茹でた卵の白身と黄身、大根おろし、海苔、刻みねぎ、わさびの七点。ごはんはお櫃に、たっぷり三膳分! いやいや出汁の塩加減が僕らには絶妙で上品である。あっさり味なのにコクがありつい食べ過ぎてしまう。
食通の小泉八雲が好んだ、卵料理
バーナード・
『山陰土産』を書いた島崎藤村、『新撰名勝地誌』全12巻を監修した田山花袋など松江や出雲をこよなく愛した文化人は多い。それぞれの評伝も実にユニークでおもしろい。松江といえばやはりギリシャ生まれの文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が欠かせない。アメリカ人新聞記者で日本民族を研究するために明治23年に来日、妻の節子とも出会い1年半ほど松江に住む。この時期が一番日本らしさを味わったと思う。つまりここで彼の生涯の紀行文は書かれており日本文化をいろいろ見聞した西洋人である彼の目を通して見た明治の日本の姿が、美しく表現されている。何と言っても彼が好む湯町窯のエッグベーカーで作る目玉焼きは最高だ。
散歩の相棒フードはちくわ
青山蒲鉾店
青山蒲鉾店で食べられるのは正真正銘の手作りちくわである。魚のすり身も実に綺麗だ。とにかくうまい。香りがよく、迷わず作りたてをいただいた。
できたてホカホカのちくわは格別の味わい
いつも綺麗な花が見事に生けられている
歴史を感じる和菓子の老舗に立ち寄って
この「一力堂」は風格がある。日本古来の和菓子は死ぬ前に食べないとあかんわ(なぜか関西弁になる)。ここ松江はどうしてこうも伝統のものが長く、それもきちんと継承されているのか、ほんと不思議である。まだまだたくさん探訪できるところがあるので、実際に足を運んでみて欲しい。
多彩な文化が交差する酒蔵「國暉」
國暉の酒蔵は松江城下町の宍道湖畔にある。出雲国からまつわるお酒の話は多くあり、その出雲杜氏の里としても知られている。
竹輪をかじりながら湯呑みで一杯というより白身のお造りなんか合う感じだなあ。新潟ほど淡麗ではないけど洗練されたお酒であることは間違いない。正直、酒飲みの僕は気持ちよく酔わせていただいた。
國暉
島根県松江市東茶町8番地
TEL.0852-25-0123
“出西ブルー”に魅せられて
陶芸はとくに出西窯(しゅっさいがま)が好きだ。深く濃い“出西ブルー”が特徴。僕は窯を訪れたら、毎日使うものを必ず一つ買うことにしている。使い込むほどに渋い色になるのも味わい深い。出西窯は、僕が毎日使っている器の一つでこのブルーが実に良い。騙されて買ってみてほしい。マグロの赤身などのお刺身にはこのブルーがよく映える。値段も手頃で毎日使うつもりで選んで欲しい。
松江はそれぞれのいろんなおいしさを持つ食の宝庫だ。何度も通って「おいしいとは何か」を探ることで、巧みな味表現ができるようになりそうな気がする。いつ訪れても裏切らない宍道湖の美しい夕陽を愛でながら、今回の旅は終わりとしたい。