【噂の新店】「falò+ (ピュウ ファロ)」

「ことの発端は、山形『お日さま農園』のお野菜だったんです」そう話を切り出したのは、宮木康彦さん。そう、自由が丘のイタリア料理店「モンド」のオーナーシェフだ。農薬や化学肥料を使わず栽培している「お日さま農園」の野菜は、野菜らしいおいしさを大切にしたものばかり。土を愛し、野菜を愛し、自然と共に生きる生産者西尾佑貴さんの精魂込めた野菜を無駄にしたくない——。そんな思いから始めたのが“発酵”だった。

「店で出す料理だけでは使いきれず、賄いで食べるにも限界がある。といって、捨てるには忍びない。で、どうしたものかと考えていて思いついたのが、塩漬けにして保存する方法でした」と宮木シェフ。その時脳裏に浮かんだのは、修業先の一つアルト・アディジェ州で経験したザワークラウト。自然発酵した野菜のおいしさに、改めて発酵の面白さに目覚めた宮木シェフ。ならば、発酵をテーマにした新店を作りたい——というわけで、2024年1月16日、虎ノ門ヒルズステーションタワー4階に晴れてオープンしたのが「ピュウファロ」だ。

江口拓哉シェフ

宮木シェフの発酵愛を受け継ぎ、店に立つのは江口拓哉シェフ、35歳だ。高校生の時、アルバイトをした地元のお寿司屋さんで、お客さんがうれしそうに食べる姿を見た江口さん。「食事を作って人に喜んで貰えて、その上お金も貰える。料理人っていい仕事だなぁと思って」料理の道に進んだのだとか。服部調理師学校を卒業後、白金台のイタリア料理店「イル・グラッポ」(現在は銀座に移転)に。4年間の修業の後、二子玉川の「イゾラ・トラットリア」を経て、白金台のイタリアンでは立ち上げから関わり、シェフも務めた江口シェフだったが「シェフになって、改めて(自分の)引き出しの少なさに気がついたんです」

そこで、もう一度学び直す思いで入ったのが「食べログ イタリアン TOKYO 百名店」にも選出されている、代官山「ファロ」。江口シェフ、29歳の時だ。「炭火焼きに興味があったのと『ファロ』のライヴ感が魅力だった」というのが、その理由だ。そして、今回のオープンにあたり、シェフに抜擢。白羽の矢が当たったわけだが、新店のコンセプトは“発酵”。「正直、最初はちょっと戸惑いました。発酵を特別なもののように捉えており、難しく感じていたんです。でも、改めて周りを見てみると、醤油や味噌も発酵だし、お酒もそう。普段身近にあるものの多くが発酵から生まれていることに気がつきました」とのことで、そこで始めた江口シェフの発酵ライフが素晴らしい。

「巻いて食べる! マグロの脳天とピスタチオ味噌のタルタル」1,400円(1piece)

「マグロの脳天とピスタチオ味噌のタルタル」や「パテカン豚の熟鮓と白インゲン豆味噌」「殻付き帆立とポレンタ味噌のさんが焼き」等々、メニューにはその苦労の成果が記されている。中でも、ユニークなのは、ポルケッタ味噌と豚の熟鮓だ。

「塊で焼いたピュウファロのポルケッタ」3,500円

ポルケッタとは、もともとイタリアの郷土料理の一つで豚の丸焼きのこと。代官山「ファロ」ではスペシャリテの一つで、国産バラ肉を用い、ローズマリーとニンニク、塩のみでシンプルに炭火焼きにしている。

が、ここ「ピュウ・ファロ」では「豚の熟鮓を塗り、フェンネルを巻き込んでいます」と江口シェフ。その熟鮓が奮っている。熟鮓といえば、滋賀の鮒寿司がよく知られているように、日本では鮎や秋刀魚など魚を用いることが一般的。だが中国などでは古くから肉の熟鮓もあったようで、歴史を辿れば肉の熟鮓も決して突飛ではないものの、現代ではそうそう肉の熟鮓は見かけない。

江口シェフによれば「これも、肉の端肉を捨てることなく活用できれば、との思いから始めた」そうで、作り方は単純。挽肉状態にした豚肉と柔らかく炊いた米と塩を合わせて2週間ほど発酵させたもので、それを湯煎にかけて火入れしているそうだ。

大切なのは、糠床のように毎日欠かさず混ぜてやること。微生物も生き物。人との触れ合いが状態の良い熟鮓を生むコツのよう。この熟鮓を巻いて焼き上げたポルケッタは、乳酸発酵ならではの優しい酸味とややエキゾチックな甘やかなフェンネルの香りとが独特の風味を漂わせ、どこか中近東辺りの味わいを彷彿とさせる。

この(焼いた)ポルケッタの切り落としで作る自家製発酵食品が、件のポルケッタ味噌。こちらは米ではなく、糀や塩と共に漬けこんだもので、今回使用しているのはなんと一年もの。「だいたい半年ぐらいから使える」そうだが、それを見越して仕込まなくてはならず、これだけの種類の発酵食品をホームメイドするのは、結構大変なはず。よほどの発酵愛がなければできない仕事だ。

自家製の味噌がずらり

先に述べたもののほかにも、バーニャカウダに添える肉味噌、炭に埋めて焼くキャベツに塗るパン味噌にパン醤油まで、まさに発酵尽くしと言っても過言ではないほどだ。「発酵は奥が深い。気温や湿度によっても状態が変わりますから。でも、そこがまた面白いところ。調味料的な使い方ができるところも発酵食品の魅力ですね」と江口シェフ。

「旨みと香りを閉じ込めた金目鯛の蒸し焼き“カルトッチョ”」4,200円

味噌作りばかりが発酵ではない。写真上の金目鯛のカルトッチョには、アサリだしにミニトマトやタイム、炭火焼きにした長ネギ加え発酵白菜をプラス。コハク酸特有の酸味や苦味を僅かに含んだアサリだしの旨みに発酵白菜の柔らかな酸味が寄り添うように合わさり、抑揚豊かな味わいを舌に残す。

白身ながら脂ののった金目鯛との相性も上々だ。また、切身ではなく、魚を丸ごと一尾使うことにもこだわっている江口シェフ。「確かに切身の方が食べやすいけれと、ダイナミックなおいしさで言えばやはり一尾丸ごとに軍配があがる。骨付きの方がいい味が出るんですよ」と江口シェフ。食べる際には、サービスの方が食べやすくさばいてくれるから心配は無用だ。

ちなみに、メニューは基本的にアラカルトのみ。発酵していないピザ生地のようなピアディーナで巻いて食べる、先のマグロの脳天とピスタチオ味噌のタルタルなどの冷たい前菜から、ポルケッタ味噌でいただく「イタリアっぽい風呂吹き大根」といった温かい前菜、そして黒にんにくソースを添えた「島根県イノシシ肩ロースの“燻焼き”黒ニンニクソース」等々のメインまで豊富にそろうラインアップから、そ日の気分で好きにオーダーできる使い勝手の良さも大きな魅力。

「島根県イノシシ肩ロースの“燻焼き”黒ニンニクソース」4,500円

土曜祝日は13時から営業しているそうで、昼飲みもOK。軽くつまんで一杯やって、パスタで締めなんていう楽しみ方も、カウンター席のみのこの店なら気兼ねない。そのパスタも「自家製塩辛のイカ墨スパゲッティ」や「燻製の香りのカルボナーラ」と、いずれもさりげなく一捻り加えたものばかり。

「ギターで作った手打ちパスタ 自家製柚子胡椒と海苔のクリームソース」2,200円

とりわけユニークなのは、自家製柚子胡椒と海苔のクリームソースでいただく「ギターで作った手打ちパスタ」だ。ギターで作った手打ちパスタとは、中部イタリアのアブルッツォ地方の郷土パスタ“キタッラ”のこと。ギターの弦のような針金を張った機器で生地を押し切るようにして作る製法も独特だが、なんといっても珍しいのは海苔入りのクリームソースだろう。

宮木シェフの師匠であり、斯界の重鎮でもある日高良美シェフのシグネチャーメニューに敬意を表した、江口シェフおすすめの一品だ。イタリアの自然派ワインと楽しみたい。

※価格はすべて税込、席料(500円)別

撮影:外山温子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部