年に1回、食べログユーザーからの投票で決まる「The Tabelog Award」。全国に星の数ほどある飲食店から選び抜かれる受賞店の魅力を伝えるとともに、店主の行きつけの店をご紹介。東京を代表する名店との呼び声も高い、「炭火焼肉 なかはら」の店主が選ぶ名店をご紹介。

〈一流の行きつけ〉Vol.24

焼肉「炭火焼肉 なかはら」市ヶ谷

高評価を獲得した全国の店の中から、さらに食べログユーザーたちの投票によって決定する「The Tabelog Award」。どの受賞店も食通たちの熱い支持によって選ばれただけに、甲乙付け難い店ばかりだ。

当連載では一流店のエッセンスを感じてもらうべく、受賞店の魅力やこだわりとあわせて店主が通う行きつけの店を紹介する。

第24回は「The Tabelog Award」が始まった2017年以来、Silver、Bronzeを毎年受賞、「食べログ 焼肉 TOKYO 百名店」の常連である「炭火焼肉 なかはら」の店主、中原 健太郎氏に話を伺った。

国内外の美食家たちが集う

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「中原前」と呼ばれるカウンター席   出典:cha❤︎さん

地下1階から9階まで、ワンフロア1店舗の構成で人気店が出店するグルメタワー「GEMS(ジェムズ)市ヶ谷」。その最上階に位置するのが、吟味して仕入れた黒毛和牛を匠の技で至高の一皿に仕上げ楽しませてくれる「炭火焼肉 なかはら」だ。

都内の夜景を一望できるスタイリッシュな空間に、カウンター席や幅広い人数に対応するテーブル席、ボックス席などを配し、焼肉店にしては珍しいオープンキッチンを導入。

「炭火焼肉 なかはら」には、日本の美食家たちはもちろん、流暢な英語を話す中原氏との交流を楽しみに繰り返し訪れる海外のグルマンが多く、雇用するスタッフは英語が使えることが必須条件となっている。

「日本の飲食店のレベルは世界一。その食を楽しむことを目的に訪れる外国の方も多いですから、おすすめできる店の情報もどんどん出しています」と中原氏。たとえ英語対応していない店でも事前に連絡を取り、受け入れてもらうことで間口を広げ、日本の飲食店の盛り上げにつなげている。

牛丼大森
「なかはら」を前面に出さずグルメバーガーの店を成功させるなど、業界では常に注目される存在の中原氏   出典:牛丼大森さん

そんな中原氏が焼肉の世界に入ったのは今から23年前、妻の実家が三ノ輪で営んでいた焼肉店「炭火焼七厘」を、経営立て直しのために20代半ばで継いだことに始まる。

「初めは相手にされなかった」という芝浦の食肉市場に通い詰め、包丁の持ち方、肉のさばき方や切り方などを人一倍の努力で身につけ、店を成り立たせる経営を肌で学び、食肉業者から一頭買いを勧められ現在のような「お任せコース」を確立。後に三ノ輪の店を連日満席の人気店へと押し上げ、市ヶ谷への移転を機に「炭火焼肉 なかはら」を誕生させた、愚直な努力の人である。

「当時は日本でBSEが流行った時期でもあり大変でしたが、未経験だったからこそ変えたいと思った慣習を改正できたり、誰もしていないことにチャレンジできたというのはありますね。いい業者さんに知り合い一緒に試行錯誤を繰り返し、寿司・焼き鳥・フレンチといった様々なジャンルのシェフとお話しさせていただき、さまざまな発見もありました。そしてたくさんのお客様に育てられ、今の形があると思っています」と来し方を振り返る。

スペシャリテは「幻のタン」と「ヒレカツサンド」

サンショウマン
「幻のタン」(奥がタン元、手前左がタン先、右手前がタンゲタ)。立体的な盛りつけは中原氏の考案によるもの   出典:サンショウマンさん

厚さが0.2ミリ違うだけで、カットの方向がほんのわずか違うだけで、味も食感も全く変わってしまうという焼肉。「こう切ってほしい」という肉の声を聞きながら、スライサーは使わず肉の温度も加味した手切りにこだわるのが中原流だ。

「昔は、一皿に肉のよい部分とそうでない部分が混ざっていて、不公平感が生じてしまうことがありました。僕はそこを変えて、お客様全員が感動するような最高のレベルの焼肉を楽しんでほしいとの思いからスタートしました。それだけにかなりの原価率がかかってしまいますが、少しでもお安く提供したいと考え、お席の2部制を導入させていただいています」と中原氏。

そんな「炭火焼肉 なかはら」のスペシャリテとなるのが、タン元・タン先・タンゲタの3種盛りを味わう「幻のタン」だ。分厚くカットされたタン元はさっくりとした歯ごたえが、薄くカットされたタン先は肉の深い味わいが、中原氏が使い始めたというタンゲタは、備長炭を用いた炭火で一気に焼き切って提供され、かめばかむほど深いうまみが楽しめる。

Kenshi Nishida
絶妙な火入れの分厚いタン元。見るからにプリプリでジューシー   出典:Kenshi Nishidaさん

自分で焼くと焼きムラが出たり、焼きすぎて硬くなったり、もっともおいしいタイミングを逃しがちだが、中原氏をはじめ、肉のプロであるスタッフが一枚一枚ていねいに焼き上げてくれるので、どの肉も最高の仕上がりで味わえる。厚切りのタン元の表面はカリッと香ばしく、中心部はほどよいピンク色だが芯までしっかり熱が入っており、レモンと黒七味が肉のうまみを引き立てる。

tiffchanofficial
「ヒレカツサンド」に合わせるのは黒ビール。その相性のよさを絶賛する客人多し   出典:tiffchanofficialさん

もう一つのスペシャリテ、店の名物料理として知られるのが「ヒレカツサンド」だ。肉厚のヒレカツをサックリこんがり焼き上げた食パンでサンドした逸品で、カリッとした衣とジューシーなヒレのハーモニーも絶妙だ。

「牛かつは関西にもありますから僕が考案したわけではないのですが、『炭火焼七厘』のときに、ヒレのよさを際立たせるために揚げたのが始まりです。お客様は見栄えがいいとおっしゃいますが、見た目や形よりもヒレに対して一番よいアプローチになっていると自負しています」と中原氏は話す。

チョイスができてお代わり自由の〆でフィナーレ

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プレーンな牛丼。まず一口サイズで味わって気に入れば大盛りもOK   出典:ろび115さん

オリジナルのお任せコース3種から選択するシステムの「炭火焼肉 なかはら」。その中で、中原氏が「お客様がチョイスする楽しみを」とこだわるのが、コースのフィナーレとなる〆だ。

「お肉はこちらで決めさせていただいている分、〆はプレーンな牛丼、卵黄をかけた牛丼、冷麺を味わっていただき、気に入ったものはお代わり自由でご提供しています」と中原氏。おなかも心も満足する満足度の高い〆である。

自分の舌と手を信じて職人の使命を果たしたい

銀座の夜の物語
安定した火力を保つ炭火が肉のうまみを逃さずジューシーに焼き上げる   出典:銀座の夜の物語さん

日本における焼肉は、戦後の食糧難の時代に在日朝鮮人が始めたホルモン屋台、カルビや内臓肉などを出す食堂をルーツに、黒毛和牛など日本のフレーバーが加わり、現在の焼肉文化を形作ったといわれている。中原氏は言う。「韓国に和牛はありませんでしたし、キムチは日本にはなかったものですよね。韓国と日本、その中間に位置するのが日本の焼肉です。このオールドスタンダードを崩さずに、高級すぎないジャンルでこの先も長く継承していくこと、これも僕に課された使命と感じています」

美食家が通い詰める名店となっても、「経営難の店から始めたので、今でもそこに戻ってはいけないという怖さや緊張感は常にあります。お客様が召し上がる口元を見て、よし、今のでよし、と自分の舌と手を信じて、日々いい仕事をするだけです」と中原氏。

と同時に、若いスタッフに技術や経営を教え、「炭火焼肉 なかはら」出身なら間違いない、といわれる“職人”を育てることにも尽力する。世田谷経堂に店を構える「炭火焼肉 ふちおか」も「炭火焼肉 なかはら」から独立した職人が切り盛りする。「身につけた技術は、金銭面・精神面ともに見返りは十分にある。それを僕が実証しています」と中原氏は断言する。

プロフェッショナルな肉の職人が育つことでつながっていく「炭火焼肉 なかはら」の系譜は、焼肉業界をもっといいものに、憧れられる世界に変えていくに違いない。