【噂の新店】「白寧」

六本木「桃仙閣 東京」、麻布十番「一平飯店」、そしてオープンしたその年に見事ミシュランの二つ星に輝いた六本木「明寂」と次々に名店を世に送り出してきた名伯楽・林亮治氏。その彼が、新たにプロデュースしたレストランが西麻布に誕生! と聞けば、誰しも食指が動くに違いない。

名前は「白寧」。中華でも和食でもなく、今回はなんとフランス料理。といっても、そこは林さんテイスト。実に軽やかでシンプルなスタイルのフレンチとなっている。端的に言えば、イノヴェーティヴなのだが、そう一括りにできない一種独特な“静”の料理だ。

名店で研鑽を積んだ26歳の若きシェフ

今回、厨房に立つのは、26歳の若き俊英、林大シェフ。「料理人って面白そう」と思ったのは、中学生の時。焼肉屋に勤めていたすぐ上の兄が、毎日楽しそうに働いているのを見たのがきっかけだったとか。そこで、食物科のある高校へと進み、地元埼玉のフレンチで基礎を積んだ後「フロリレージュ」の川手寛康氏、「マルゴット・エ・バッチャーレ」の加山賢太氏両シェフの下で研鑽を積んだ経歴の持ち主だ。

林大シェフ

「最初の店では、トリュフもほうれん草も同じように大切に扱いなさいと諭され、食材に貴賎はないということを教わりました。この一言は、今でも料理の基本として胸に刻んでいます。そして、川手シェフからは発想力を。加山シェフからは料理だけでなくレストランとしての大切さを学びました」と、林シェフ。その加山シェフからの助言が、今回のオープンにつながることとなる。

「ワインを勉強しなさい。必ずワインが自分の人生を助けてくれるはずだから」。その言葉に触発され、ワインを勉強し始めた林シェフ。まさにそのワインが縁で、オーナーとなる林氏と知り合うことができたのだから。「僕が通うようになったワインバーが、林さんの行きつけだったんです」。

そしてオーナーの林氏がこう語る。「ワインバーで知り合って数年後、この場所でレストランをすることになり、彼のことを思い出して声をかけたんです。その時、初めて彼の料理を試食したのですが、これがとても優秀で。何より立ち居振る舞い、所作が綺麗でした。デザートレストランの「Yama」でオープン前に研修し、その後、再度試食したところ、驚くほど進化していたんですね。その伸び代が素晴らしいなと。味付けにほぼブレがなく、また、料理だけでなくその人間性も買っています」

看板のないビルの扉を開けば広がる、非日常的美食空間

場所は広尾と西麻布のちょうど中間辺り。あの「CHIUnE」の跡地と言えば、思い当たるフーディの方も多いのではないだろうか。看板もないビルの扉を開け、書斎を思わせるウェイティングに通された瞬間から、非日常の時が刻まれる。更に地下へと導かれると一転、白を基調とした静謐な空間が現れる。

その秘密めいた雰囲気は、どこか香港の私房菜を思わせるよう。オープンキッチンの店内は、カウンターの8席のみ。料理は「おまかせコース」24,200円を用意。※2024年1月から、27,500円に改定

ディナーのスタートは、シェフのスペシャリテから

林シェフをはじめ、若いスタッフの爽やかな連携プレーを見ながらの臨場感あふれるディナーは、まず、香り豊かなコンソメからスタートする。

「コンソメ」

「川俣シャモ」を丸ごと用い、その旨みを抽出したスープが、言わば林シェフのスペシャリテ。今回の具はカブだが、秋に訪れた時は松茸と、中に入る素材は季節に合わせて変えていく予定なのだとか。

川俣シャモの旨みをたっぷり抽出したスープ

「カブの皮でカブのだしを取り、昆布だしをベースにしてとった軍鶏のコンソメと合わせて仕上げています」と林シェフ。淡い黄金色に純白のカブが浮かぶシンプルな一皿は、これから供されるコースを連想させるような清廉な味わいだ。

見た目は素朴でも、細やかな手間暇が舌に伝わるその一杯を飲み干した後、目の前に置かれたのは、一瞬デザート?と思わせる「セロリと林檎」。セロリのアイスにリンゴのソースを合わせた一品で、トッピングのジュニパーベリーの香りがアクセントになっている。雲丹を忍ばせたアオリイカに牛と鶏のだしジュレをかけた一品やフォアグラのフランに栗を合わせた旬の味が続いた後、意表を突かれたのは「金目鯛 マッシュルーム」だ。

アイディア力とフレンチの基礎力を感じさせる一皿

「金目鯛 マッシュルーム」

皮は、中華そのままの春巻きの皮だが、金目鯛には自家製ラルドを巻き、マッシュルームのデュクセルと共に巻き込んである。更に、2片あるうちの1片には、後から甲殻類と赤ワインのソースをかける演出も心憎い。デュクセルのコクとラルドが金目鯛の味わいに深みを増し、ソースと合わさることで、見た目は中華のようでも味わいはフレンチにきちんと着地している。

この後に続く、殻のだしを使った香箱蟹のリゾーニ、たっぷりのわさびの葉と鰻をわさびマヨネーズでいただくそば粉のガレット、バターソースを添えた甘鯛の松笠焼き等々、いずれの料理も、フレンチの枠にとらわれることのない自由な発想力を巡らせつつも、そこには、しっかりとしたフレンチの基礎力が根付いている。

メインは丁寧な火入れ&仕上げのひと手間を加えた鹿肉

メインは「蝦夷鹿」。低温調理で火を入れた後、仕上げに藁で炙るひと手間は、鹿の持つ赤身ならではの味わいである血の旨みを更に引き出すため。「寿司屋さんで鰹を藁で炙るのも、鰹の持ち味である血の旨みを風味として引き立てるためだと思うんです。それなら、鉄分の豊富な赤身肉の鹿も同じだと思ったんです」。そう熱心に語る林シェフ。そこには、“食材そのもののおいしさは何か、自分は食材の何を伝えたいのか”を、絶えず自問自答する自分がいる。

「蝦夷鹿」

最後にわずかにとろみをつけた鰹だしと梅干しのソースをかけ、実山椒をのせてこの一皿は完成。和のようなフレンチのような不思議な食後感は、ジャンルを意識して食べることは、今の時代、もう無意味のようにも思わせる。

最後は36の層が見事なミルクレープが登場

〆の食事は、秋刀魚のスープで炊いた秋刀魚ご飯。そして、柿のデザートでフィニッシュと思いきや、最後に「ミルクレープ」が登場。これが素晴らしい。36層ものクレープ生地を重ねたその層も見事なら、間に挟んだディプロマットクリームがまた美味。

「ミルクレープ」

カスタードと生クリームを混ぜ合わせたクリームだそうで、軽すぎず重すぎずのクリームがクレープ生地のもちもちとした食感とベストマッチ。フォークがスーツと入る軟らかさといい、すべてがベストバランス。まさにコースの掉尾を飾る定番デザートと言ってもいいだろう。

料理に合わせてワインも盤石の品ぞろえ。林料理の優しい味わいに合わせ、とりわけ充実しているのはシャンパン。グラスワインとしても提供しているアンリオのブランドブラン(グラス2,500円)をはじめ、リストには載っていないものも含めると、ざっと70種ほどがそろう。その他、グラスワイン各種やペアリング(5グラス)18,000円もある。

※価格はすべて税込、サービス料(10%)別

撮影:佐藤潮

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部