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〈秘密の自腹寿司〉
高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直されはじめたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
教えてくれる人
猫田しげる
20年以上、グルメ誌、旅行本、レシピ本などの編集・ライター業に従事。各地を転々とした挙句、現在は関西在住。「FRIDAYデジタル」「あまから手帖」「旅の手帖」(手帖好き?)などで記事執筆。めったに更新しない猫田しげるの食ブログ 「クセの強い店が好きだ!」。
明朗会計と、物腰柔らかな店主の笑顔にホッ
大阪・お初天神界隈には隠れ家的なお店が多く、接待でもよく使われるエリア。その路地裏に構える「鮨処 辰」は、まさに隠れ寿司店。行灯が灯る風情満点の外観に「高そう」「怖そう」と身構えてしまいますが……。
のれんをくぐるとそこはジャズが流れるシックな空間。カウンターでは、若き店主の辻辰哉さんが爽やかな笑顔で迎えてくれます。
先に辻さんについてお話ししますと、福島区の人気店「鮓と鉄板さくやま」などで10年以上修業し、2021年に独立オープン。前店仕込みの本格的な江戸前寿司と、自身の経験からさらに進化させたアテで日々ファンを増やしています。
8,800円20品のコースは、ほぼ“即興”!?
メニューは8,800円のコース一本のみ。料理8品に握り12カン、合計20品というボリュームです。お初天神真裏という立地でこのコスパは、なかなかないでしょう。先付、お造り、炊き物、焼き物……といった構成ですが「その日の仕入れによって毎日内容が変わります」とのこと。脂がのった金目鯛が入ったら塩焼きに、マグロの希少部位があればお造りに、台風の後で魚介類が少なければ肉料理を入れる、など。
猫田さん
つまるところ「昨日来た人でも今日は違うものが食べられる」ってことですね。月替わりのコースですら考えるの大変……っていう店主の声をよく聞くのに、日替わりって!
さらに凄いのは「お客さんを見ながら、料理の順序、ボリューム、さらには調理法までも変えて提供します」。おなかが空いているようなら握りから始めることもあるし、お酒をゆっくり楽しんでいる人にはアテを連打。前に同じ料理を出したお客さんには違う食材でアレンジしたり。言うなれば即興ってことです。
猫田さん
辻さん、お一人でカウンターを切り盛りしているのに、恐るべき采配能力。「コース一斉スタート制」でもないのに、時間差だけではなく個人差まで計算しつつ料理を作るなんて、頭良くないと無理!
毎日変わるコースの一例をご紹介。どの料理もお酒が進む!
なので今回ご紹介する料理も、あくまでも一例ということで。全く同じものが出るかもしれないし出ないかもしれません(笑)。一応その日のコース内容は決まっているので基本的には同じ料理が提供されますが、隣の人と順序が全然違うってこともあります。もちろん、「握りは最後でええよ」「しばらくアテで」といった要望にも応じてくれます。
たっぷり身の肥えた“瀬付き”のアジを磯辺巻きで
この日のお造り的ポジションで供されたのは、アジの磯辺巻き。酢飯を入れずにアジとガリと芽ネギだけ巻いた贅沢な一品です。アジは、回遊せずに瀬に居付いている山口県名産の「瀬付き」。動かずにエサをたっぷり食べているメタボで(言い方!)、脂がのりにのっています。
磯辺巻きも、イワシやサバなど違う魚を巻くこともあるそう。ガリの甘酸っぱさが脂気を中和し、最後に海苔の香りがふんわり。
白子の概念を変える、クセのないクリーミーな岩手産の白子ポン酢
冬にかけて白子を食べる機会が増えますが、実は私は白子がそんなに得意ではありません。独特な香りがすることもあるし、むにょっとした食感がちょっと……。
と思っていましたら、なんじゃこりゃ! 臭みもないし変なむにょむにょ感もない。クリーミーかつ濃厚な甘みで、弾力があるホイップクリームを食べている感覚です。パンに付けたいぐらい。
「岩手産の白子を見つけたんですよ。これめっちゃ旨いなあと思って。下処理にも時間をかけているので、白子が苦手な方もおいしいって言ってくださいます」。そうでしょうとも。私の白子観も変わりましたよ。
野菜の一品は、茄子の胡麻味噌和えです。嫁に食わせてはいけないと言われてきた秋茄子です。すり胡麻に味噌、出汁、ショウガの搾り汁などを加えた甘い味噌が実に繊細な風味。木の芽の香りがアクセントです。
猫田さん
辻さんが修業した「さくやま」は和洋中オールマイティーに出すお店だったので、あらゆるジャンルの料理を習得したそう。役に立ちましたね~!(どの立場)