力士はなぜグルメなのか?(前編)

元佐渡ケ嶽部屋の力士で、現在は相撲漫画家として活躍する琴剣淳弥さん。自身の経験と力士たちへの取材から浮かび上がったのが、“力士グルメ説”。そこには確かな理由がありました。

大食漢なだけじゃない!実は力士は皆食通。

「巡業で地方へ行くと後援会の方が待っていてくださって、地元の有名店や人気店に招待してくれるんです。米沢牛の何万円もする高級肉や一本何十万円もする日本酒が盛大に振る舞われ、さすがに私らでも食べきれないくらい(笑)。自然と舌が肥えていきますよね」と語るのは、元力士で漫画家の琴剣淳弥さん。

琴剣淳弥/佐渡ケ嶽部屋出身。1976年に初土俵、1986年9月場所で引退。引退後は漫画家として活動をスタート。相撲漫画のほか、力士の化粧まわしや相撲関連グッズなど幅広く手がけている。

 

地方に限らず、地元のお店で手厚いもてなしを受けることも多いそう。力士が来たとあれば店主もはりきって腕を振るい、ときにはスペシャルメニューが登場することも。「特別に大盛りにしてくれたり、自慢のレシピをこっそり教えてくれたり…。なかにはお客さんがタニマチになって、力士にご馳走してくれるお店もあるんですよ!」

おいしいものとの出会いに恵まれ、日々体だけでなく舌も鍛えていく力士たち。琴剣さんの書籍『相撲めし』(扶桑社刊)では、そんな人気力士行きつけのお店を一挙に紹介! ちゃんこはもちろん、うなぎに焼き肉、ラーメンまで。グルメな力士たちの好物とともに、彼らの強さを支える秘訣が書かれています。

力士たちも足繁く通う、元力士が店主のちゃんこの名店

何よりも強い体を作る基となるのが、部屋で食べる毎日のちゃんこ。力士の成績に如実に反映されるものだからこそ、それぞれの部屋で工夫を凝らして作られています。「私がいた佐渡ケ嶽部屋は、ちゃんこがおいしいことでも有名でした。ちゃんこのほかに、いつもおかずが10品は並んでいましたね。『食べること』を大切にする親方だったからこそ、そこで暮らす力士が皆、食に対する高い意識を持つことができたのだと思います」と琴剣さん。今回ご紹介する神楽坂「ちゃんこ黒潮」の店主は、佐渡ケ嶽部屋の元力士。琴剣さんの一年先輩にあたり、文字通り苦楽を共にしてきた仲。現役を退いた今も絆は強く、店の壁には琴剣さんの描いたイラストが飾られています。

 

琴剣さんがこちらで必ずオーダーするというのが、かつおのたたき。「佐渡ケ嶽部屋の初代親方が香川県出身で、部屋でもかつおのたたきがよく出てました。かつおのたたきというと、佐渡ケ嶽部屋を思い出すくらいです」という懐かしの味です。

かつおたたき1,410円

 

肉厚のかつおのたたきに、たっぷりの青葱とにんにくを散らして。果汁を使った自家製ポン酢はフルーティーで後引くおいしさです。

 

ちゃんこ鍋2,490円(1人前)※写真は3人前

 

野菜に自家製のつみれ、あんこうまで入った豪華版。麦味噌仕立てでまろやかな味わい。自家製の柚子胡椒を添えて。

 

黒豚とんこつ1,410円

 

こんにゃく、大根、黒豚のなんこつをことこと煮込みトロトロに。「店主の故郷でもある宮崎の農家料理で、地元では鍋に材料を入れてストーブの上で放っておくそうです。私の大好物。数日経つとまたすぐに食べたくなってしまいます」と琴剣さん。

 

刺身盛り合わせ6,400円

 

新鮮なトロに赤身、ウニ、タコ、イカなどを豪華な盛り付けで。ハートのウニは店主からの愛情の差し入れです。

 

力士サラダ980円

 

旬野菜に自家製味噌を付けて。味噌は小魚も入って旨みたっぷり。野菜のシャキシャキ感も楽しく、いくらでも食べられそう。

 

ちゃんこの〆は雑炊かラーメンからチョイス。琴剣さんは雑炊派。自ら手際よく仕上げていきます。しっかりと溶いた卵をかき混ぜるのが琴剣さん流。ご飯と合わせるとまろやかでクリーミーな味わいに。

 

相撲部屋仕込みの料理はどれもじんわりおいしく、お腹も心もほっこりと満たされます。何よりちゃんこを頬ばる琴剣さんの笑顔といったら!

 

後編では琴剣さんが書籍で掲載しきれなかった人気力士たちの行きつけのお店を紹介します。お楽しみに!

取材・文:小野寺悦子

撮影:森山祐子