〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

目指したのは、次の日も体が軽い料理とお酒

「nanca」は代々木上原駅の出口から徒歩30秒。同じビルのB1Fにあるビストロ「36.5℃ kitchen」の姉妹店にあたる

最寄駅や通勤沿線の駅前に、おいしくて体にいいごはんとお酒を出してくれる店があるとふらりと立ち寄りたくなる。2023年7月、代々木上原駅のすぐそばにオープンした小料理と自然派ワインを楽しめる「nanca」は、まさにそんな店。このコンセプトに至ったのは、店主の萩原ちひろさん自身が「次の日に体がだるいじゃなくて、おいしかったし体も軽いとうれしい」という実感があったから。

店主の萩原ちひろさん

萩原さんは調理師専門学校を卒業後、ケータリング会社で主にパティシエとして9年間勤務した。その後、代々木上原のビストロ「36.5℃ kitchen」で5年間、主にサービスを担当し、週1日の店休日には祐天寺の「料理や、小料理や」で間借りをして「小料理や」を営業した。

その小料理やの経験の中で、自身の作った料理を食べて「野菜が好きになった」と言われたことがあり、野菜をふんだんに使ったバランスの良い料理を出したいとの思いがあった。さらにサービスを経験する中で、疲れた日でもするする入る自然派ワインの魅力を知り、姉妹店のオープンを任された時に、nancaのコンセプトをかたちにした。

店内には、食事メインのカウンターと飲みメインの立食テーブルの2つがある

店で使われる食材には、萩原さんの群馬の実家で育った味の濃い野菜もふんだんに使われている。アラカルト料理と自然派ワインを存分に楽しみたいときはカウンター、おつまみと自然派ワインで軽く立ち飲みしたいときは立食テーブルを利用しよう。

イチジクのクレームブリュレ風✕爽やか白ワイン

イチジクと生ハム・マスカルポーネ(2P/1,200円)

食事もお酒もしっかり食べる日のスタートには“甘じょっぱいメニュー”がおすすめ。「最初に甘さとしょっぱさがあると最高に幸せ」という萩原さんの思いがあるからだ。この日の黒板メニューにあった「イチジクと生ハム・マスカルポーネ」は、イチジクをバターで軽くソテーしてからバーナーで焦げ目をつけて、マスカルポーネと生ハムをのせた一品だ。

アレクシス ヒュードンのマトウセ2021(グラス1,200円、ボトル7,600円) 

こちらに合わせたいおすすめは、フランス・ロワール地方の白ワイン。「すっきりかつエレガントな白ワインです。ナッツの風味が感じられて、前菜に入っているマスカルポーネとも相性がいいですね」と萩原さん。甘じょっぱくクリーミーな前菜に香ばしいアクセントを添えつつ爽やかにまとめてくれる相性の良いスターターとなっていた。

アユのコンフィ✕ミネラリーオレンジワイン

アユのコンフィ・春菊サラダ(2,000円)

メインはこの時期、旬のアユをコンフィにしたもの。「丸ごとコンフィに、トマトのプッタネスカソースと春菊サラダを添えています。春菊はサラダにしてもおいしいですね。アユは少しずつ身をつつきながら自然派ワインと楽しむのがおすすめです」と萩原さん。ワタの苦味も味わえるアユに、時々ピリ辛のプッタネスカソースをつけてみるのが、まさに大人の小さな幸せの瞬間だった。

ラ・ソルガのククヨーデル2021(ボトル9,900円)

アユのコンフィにおすすめは、フランス・ラングドック地方のオレンジワイン。「柚子やスパイスの風味があって、かつミネラリーさが際立つオレンジワインなので、アユにとても合います」と萩原さん。アユにミネラリーなオレンジワインはくさみを感じさせず、ふくよかなマリアージュになる。プッタネスカソースとワインのスパイスの風味もよくマッチしていた。

〆ラーメン✕桃感オレンジワイン

とろ肉〆そば(写真の2杯で1,480円、1人前は同じ量で丼が大きくなる)

nancaでは「〆そば」という名のラーメンメニューが常時3〜4種類、用意されている。こちらは、豚肉でだし汁をとったスープに豚の角煮がのっていて、ソーキそばのような感覚のラーメン。だが、透き通ったスープに、玉子がほとんど入っていないトンコツラーメン用の細麺なのであっさりといただける。最後はラーメンで締めたいという人にも小腹をやさしく満たしてくれる味わいだ。

ククー!のオレンジワイン2021(グラス1,200円、ボトル7,600円)

〆そばに合わせたいのも、やはりオレンジワイン。フランス・アルザス地方のピノ・グリやゲヴェルツトラミネールなどをブレンドしたもの。「酸味とコクがしっかりあるオレンジワインなので、〆に満足感を与えてくれます」と萩原さん。桃や杏のようなまろやかな味わいがあって、ラーメンとともに一日の終わりをしっかり締めてくれていた。

萩原さんの「私が恋した自然派ワイン」

ドメーヌ・ド・ラ・グラヴィレットのピュール 2019(グラス1,200円、ボトル7,600円)

萩原さんが恋した自然派ワインは、店のオープンの時に出会った一本。

「オープンのレセプションパーティでお客様がお祝いに持ってきてくださったワインです。ぴちぴちした心地よい刺激があって、甘みもしっかり感じられるオレンジワイン。飲んでみて幸せになれた一本で本当に感動したので、店でも出すようになりました」

オレンジワインを多めにラインアップ

nancaでは萩原さんの作る料理に合うオレンジワインが多めに用意されている。赤ワインは薄旨系のピノ・ノワールのようなタイプがほとんど。飲んでじっくりと旨みが広がるような体にしみいる自然派ワインがラインアップの中心。ボトル80種類(6,800〜12,000円)グラス6種類(1,100〜1,600円)。

一日の終わりに心と体の癒やし時間

萩原さんやスタッフとの会話もnancaの心地よさをつくる

nancaはオープンしてまだ2カ月足らずだが、代々木上原や小田急線沿線に住む人のよりどころとなっている。萩原さん自身も「町の人に寄り添えるような、生活の一部のような店になれたらいいですね」と話す。料理だけでなく、会話でも満足してもらえるようサービススタッフは2人体制。「ちょっと疲れたな」という日には、代々木上原で降りてみよう。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:木村雅章