ずらりと並ぶおばんざい、どれを食べようかと迷うほど

カウンターの上に並ぶのは、小芋の炊いたん、茄子にしん、万願寺唐辛子とおじゃこ、きんぴら、なっぱ煮、ポテサラなど

女将の雪枝さんが義母から教わった味をもとにつくる料理は、おばんざいを含めた定番約60種に、造りや焼き物など日替わりが10種ほど。肉じゃがやおから、コロッケといったおなじみの家庭料理も、その手にかかると一味も二味も違うプロの味に仕上がる。

 

中井さん

並んでいるおばんざいすべてを注文したくなるんです。でも、ひとりではなかなかそれも難しい。次は友人と訪ねて、あれやこれやを味わおう!と心に誓うわけです。

「鰊と茄子の炊いたん」600円。であいものと呼ばれる京都のおばんざいのひとつ。秋に旨味を増す茄子を使った色鮮やかな一品

おばんざいはうす味と思われがちだが、実は甘みも塩味もしっかりしている。たとえば京都のおばんざいの代名詞ともいえる「鰊と茄子の炊いたん」も、味付けは少々濃いめでお酒が進む。にしんを醤油、塩、砂糖で甘辛めの味に煮つけ、そこに素揚げしてきれいな紫色になった茄子を入れて煮含める。火加減やタイミングを変えて食材ごとに煮ることで、食感や素材の味を的確に残す。

 

中井さん

お茄子の綺麗な紫色にもそそられる一品です。ふっくらと煮上がった茄子に鰊の旨味がぎゅっとしみ込み、かみしめるとじんわり広がる。あ~、幸せと思う瞬間です。

「万願寺唐辛子とおじゃこの炒め煮」500円

肉厚で甘みのある万願寺唐辛子におじゃこの旨味がからまって、酒もご飯も進む味わいに。さっと焼いてから炊いた万願寺唐辛子の、ほどよいくったり感も絶妙。「単なる家庭料理ですから、せめて手間をかけて、心をこめて」と女将さん。そのひと手間が、忘れられない味への道のりなのだ。

 

中井さん

唐辛子は、季節によって万願寺唐辛子だったり青唐だったり。辛味のない万願寺唐辛子、ピリッとした辛味がある青唐辛子など、味の違いが季節の違い。おじゃこの食感もアクセントになります。

 

中井さん

当たり前ですが、おばんざいは、一品一品醤油の加減や甘みの出し方も違います。素材の持ち味を生かしながらも、杉本家独特の味付けがなされています。

濃厚さもある名物のポテサラ

誰もがまず注文する「ポテトサラダ」550円

「太郎屋」のポテトサラダは、常連がまず注文する、お店を代表する味。「家で作りたいからレシピを教えて」と、客から聞かれることもしばしばだとか。そのおいしさの秘訣は、玉ねぎを飴色になるまでじっくりと炒めること。味に深みが出るそうだ。さらに、酸味の違う2種類のマヨネーズをブレンドして味を調える。空気を入れるようにして混ぜるから、なめらかな食感になるそう。

 

中井さん

ひとりで行っても、数人で訪ねても、必ず注文するのがこのポテサラ。人気の品なので、遅めにうかがうと売り切れていることもあります。じっくりと飴色になるまで炒めた玉ねぎとニンジンでコクを出し、ブレンドしたマヨネーズで絶妙の味に。女将さんのアイデアが光る一品です。

器も女将さんの手作り

開業以来、女将さんが陶芸工房に通って作陶しつづける器の数々

店で使う器のほとんどが、女将さんの作品。その多彩さや数も、この店の歴史を物語っている。土ものもあれば、染付もある。この器にはあの料理をと、思い浮かべながら作っていると、いつの間にか、こんなに増えてしまったという。

町家が並ぶ路地に、太郎屋と染め抜いた暖簾がかかる

リーズナブルな一品料理とお酒を気軽に楽しむ「サラリーマンの味方」が、創業以来のモットー。観光客や外国人の客も増えたが、働く人たちの味方でありたいという思いは変わらない。そんな姿勢と誠実な味は、2人の娘に引き継がれ、これからも客を増やし続けていくに違いない。

※価格は税込、2023年7月現在のもの。

撮影:高嶋克郎
文:中井シノブ