〈これが推し麺!〉

ラーメン、そば、うどん、焼きそば、パスタ、ビーフン、冷麺など、日本人は麺類が大好き! そんな麺類の中から、食通が「これぞ!」というお気に入りの“推し麺”をご紹介。そのこだわりの材料や作り方、深い味わいの秘密に迫る。

今回訪れたのは、連載「森脇慶子のココに注目!」でおなじみ、フードライターの森脇慶子さんがおすすめする「冷かけ蕎麦」。夏の定番とも言える冷そばはシンプルな製法ながら、こだわりたっぷりで常連客の心をつかんで離さない絶品メニューとなっている。

教えてくれる人

森脇慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

今こそ食べたい、涼しい味わい

これが「冷かけ蕎麦」1,100円。夏季限定のひと品だ

こうも厳しい残暑が続くと、さっぱりした味わいの麺類が恋しくなる。中でものど越しと香りが楽しめることで人気の日本そばはこの時期、ざるそばや冷やしそばとして食べることが多く、人気も高いが……シンプルな料理ゆえにごまかしがきかないメニューとしても知られる。

そんな日本そばを楽しく、そして暑い時期ならではの食べ方ができるお店が学芸大学駅前にある。「手打ちそば やっ古」はまさにそうしたそば好きこそが楽しめるお店である。

 

森脇慶子

バリエーションもたくさんありますが、個人的にはすだちおろしを入れていただくシンプルな冷かけが好きです。

落ち着いた雰囲気の街に合う日本そば屋

東急東横線・学芸大学駅から歩いて5分。駅沿いには個性のある店が並び、歩く人たちはどこか落ち着いた雰囲気の方が多い印象のある街だが、「やっ古」はそうした街の雰囲気にぴったりとマッチする感じで紺色ののれんを出している。2016年のオープンから約7年、そうした自然体の雰囲気が味にうるさいこの街の住人たちの心をつかんでいる。

店内にはカウンター席が6席、奥には4人掛けのテーブル席がひとつ。17時の開店に合わせて常連客が続々とやってくるという

店主の西田恭子さんは、このお店をオープンする前は銀座、日本橋にあるそば屋で修業を積み重ねてきた本格派。それだけにメニューを見ると、夏季限定のそばを合わせても10種類に満たない程度という少数精鋭の厳選されたラインアップ。しかし、そば以外のメニューを見ると南蛮漬けやきんぴら、稚鮎のから揚げなど手の込んだ料理が多く並び、通常のそば屋ではない様子をうかがわせる。

そうしたメニュー構成の理由を尋ねると……西田さんの料理に対する思いが感じられた。

手打ちの十割そばにすだちベースのつゆがベストマッチ

お店で人気の「桜えびのかき揚げ」770円。揚げたてのてんぷらをお酒のアテにするという粋な楽しみ方も

「私はもともと小料理屋を志望していたのですが、修業先がコース料理仕立てのそば屋さんだったんです。なのでいろいろな料理を学んだうえでそばも……という感じだったんですが、いつしか私自身がそばにハマってしまって(笑)。自分の好きなそばを作りたいなということでこのお店を始めました」

改めてそばのメニューを見ると、王道のもり蕎麦やおろし蕎麦にごまつゆで食べるごま汁蕎麦などさまざまなバリエーションがあるが、今回は推薦人の森脇さんがイチオシする夏季限定の「冷かけ蕎麦」、そして必ず一緒に注文するという「桜えびのかき揚げ」の2品をオーダーした。

今回のメイン「冷かけ蕎麦」と合わせてオーダーするのも一興だ

まずは「冷かけ蕎麦」。西田さん自らが毎日手打ちしているという特製の十割そばに鰹、昆布ベースのつゆをかけ、さらにすだちおろしをセットにしたという一品。そば粉は産地や季節によって風味などが変わるため、夏にこそおいしくなるそば粉を選び、自ら麺を打ち、丁寧に作っていく。 十割そば特有の豊かな香りが感じられながら、ボソボソとせずツルツルとしたのど越しのあるそばはすするだけでどこか涼しげな気持ちになっていく。これにすだちをベースにしたつゆが見事にマッチしており、森脇さんが印象に残ると語ったのもうなずける。

 

森脇慶子

冷たいだしのおいしさが印象的です。

かき揚げをひとつまみに冷かけ蕎麦という食べ方にもピッタリ!

「冷かけ蕎麦はもともと修業先のお店で提供していたものをベースに、私なりにアレンジを加えたことで生まれました。夏は酸味が必要なので、梅にするかすだちにするかで迷いましたが、私の好みですだちをベースにしてみて。あとはお客さんの反応を見て味付けを濃くするなどのチューニングを重ねて、今の味わいになりました」

そして、冷かけ蕎麦を盛り立てるのが、ともにオーダーした桜えびのかき揚げ。カラッと揚げられた桜えびと玉ねぎのかき揚げはサクサクとした食感を楽しむため、ひと口食べて冷やし蕎麦をすするのがオススメ。てんぷらは他にもアナゴなどのバリエーションがあり、通はてんぷらをあてに日本酒をたしなみ、シメでそばをオーダーするということもあるという。

 

森脇慶子

かき揚げと冷かけ蕎麦は別々に食べて、気が向いたら最後に入れて食べるようにしています。

身体だけでなく心も満たされる優しい味わい

お店は17時から開店だが、そばが売り切れて早上がりになってしまうことも

ひとつひとつが丁寧に作られ、身体だけでなく心も満たされるような優しい味わいが印象的な「やっ古」の料理。今回推薦していただいた「冷かけ蕎麦」もそうした西田さんの思いやこだわりがひしひしと感じられ、シンプルな料理ながらとても印象に残るものだった。

それだけにこのそばを食べたくてやってくるという常連客がオープン以来、後を絶たないという。

「この街にはそばが好きな方たちが多くいるみたいで、中でも年配の男性客がよく来てくれる印象があります。冷かけ蕎麦は夏季限定なのですが、毎年楽しみにしてくれている方もいて『今年はいつから?』みたいな感じで尋ねて来てくれる方もいます。季節ごとにメニューを替えているのですが、そうして楽しんでもらえるのはうれしいですね」

そんな西田さんから最後にメッセージをいただいた。

「日本そばがメインのお店ですが、決して格式張った店ではないので気楽に食べに来ていただければと思います。ただ、いかんせん私1人でやっているので、もし可能なら事前に予約していただけると店主の心の準備ができるので(笑)、ぜひよろしくお願いします」

お店の一角には、そばを打つスペースも。仕込みの際には西田さん自ら麺を打つ

暑い時こそ食べたい「冷かけ蕎麦」。学芸大学駅に行くならぜひとも覚えておきたい一品だ。

※価格はすべて税込

取材・文:福嶌弘(フリート)

撮影:加藤瑛理奈