和牛のおひたしに、季節で変わる土鍋ご飯と味噌汁で〆る幸せ
鮫島夫妻が提唱する「出汁に純米酒が合う」を特に体現していたのが「和牛のおひたし」。焼き物でも煮物でもなく、どちらかというとおでんのようなイメージの一品だ。この日は大将の出身地でもある鹿児島黒牛のヒレ肉を使用。表面を焼いたヒレ肉を、昆布とカツオの一番出汁に半日漬け込み、最後に65度の低温で火入れすることで、驚くほどやわらかな食感に仕上げている。
出汁は「和牛のおひたし」を作るたびに継ぎ足しているので、牛のうま味も溶け出ている。そのため、鹿児島黒牛の嫌味のない甘くジューシーな脂と、よく染みた出汁のうま味が噛むほどにあふれ出す。添えてあるのは炒め煮にして、出汁と合わせたナスと万願寺とうがらし。トロッと溶けゆくナスに、シャキシャキと青さの残る万願寺とうがらしが夏を感じさせる。
この優しい「和牛のおひたし」を引き立て、寄り添うイメージでペアリングしてもらったのが福岡県久留米市にある旭菊酒造「大地 特別純米」の燗酒だ。酒燗器を使い約55度に温めた燗酒は、ホクホクの温かいご飯や甘酒を飲んだかのような、糸島産山田錦のうま味がしっかり舌に残る。このコクとうま味が凝縮された味わいが、お出汁とよく合うのだ。
山本さん
僕が行った時は確かしらすの土鍋ご飯でしたが、季節によって異なるシメは日本酒を飲んだ後にもやはり合います。
コースの中でも山本さんがイチオシするのが「シメの土鍋ご飯」だ。この日は定番ながらも人気が高いという、かやくご飯(五目ご飯)が登場した。食材はかやくご飯として一般的な絹サヤやニンジン、シイタケ、ゴボウ、油揚げ、コンニャクなどだが、白米と同程度も入っている。これらの食材をごま油やたっぷりの日本酒、みりんと薄口醤油で炒め煮にして、一番出汁で炊いた魚沼産コシヒカリと合わせた。
細切りにされた食材たちの多彩な食感や味わいを、粘りが強く出汁が染みた魚沼産コシヒカリがしっかりとまとめてくれ、飲んだ後の〆ご飯としてもピッタリだが、酒好きであればさらに日本酒をもう一献合わせたくなる味わいだ。土鍋ご飯と一緒に振る舞われる信州味噌を使った具沢山の味噌汁、そして自家製の香の物が、飲んだ後の五臓六腑に染み渡る。 「母の料理も見た目以上においしかったんですよ。飾らない美しさに憧れて、料理を作り続けています」と大将。そしてその大志さんの作る、さまざまな料理に寄り添う日本酒を提案する女将。錨をおろし、おいしい料理とお酒でホッと一息つける大人の憩いの場が、大井町にあった。