ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本、4冊を紹介する短期集中連載。最終回となる今回は、新しいことを学びたくなる新年にぴったりなこちらの一冊。

『コーヒーは楽しい!』著者:セバスチャン・ラシヌー/チュング=レング・トラン 訳者:河清美(パイ・インターナショナル)

サードウェーブ・コーヒーのムーブメントとそれに伴う出店が落ち着きを見せても、いまだにコーヒー屋さんは混雑している。蔦屋書店とともに出店するスターバックスは、むしろ本体の本屋さん以上の人気にも見えてしまう。日本の喫茶店カルチャーからの影響と一杯ごとのハンドドリップによる果実(豆自体は種子)としてのコーヒーを楽しむ文化は、様々なメディアで特集が組まれ、コーヒーの知識を蓄えた人も増えたはず。ただ実際は、雑誌やウェブのボリュームでは簡単すぎてしまうか、詰め込みすぎで読みにくかったりすることが多かった。

フランスで大ベストセラーとなり2015年に出た日本語版も人気となり、一気にワイン入門本の定番となりつつある『ワインは楽しい!』(パイ・インターナショナル)のコーヒー版が本書『コーヒーは楽しい!』だ。“絵で読むコーヒー教本”とサブタイトルがあるように、全編イラストを中心とした構成で、そこに情報量としても十分なうえによく練られた適切な量のテキストが添えられる。筆者のセバスチャン・ラシヌーは大会で優勝するほどのバリスタでありながらエンジニア工学の教授の顔も持つ人物だが、文章に堅苦しさはなく、コーヒーの種類紹介でラテを“なかなか決められない人のための無難なコーヒー”と表現するなどユーモアや皮肉も忘れていない。

 

コーヒーの基本情報や雑学の第一章に始まり、淹れる、焙煎する、栽培するという日常の風景から遡行するように構成されており、バリスタチャンピオンらしく、そしてフランスの本らしく“淹れる”はエスプレッソの方が詳細。そのため日本で主流のフィルターコーヒーユーザーからするとやや物足りなさは残るかもしれない。とはいえ、例えばスターバックスで飲んでいるラテやモカが、エスプレッソのバリエーションコーヒーであることを考えれば、普段飲んでいる味の根拠を知るという意味では好都合とも言える。驚いたのは、湯温や圧力、抽出時間などエスプレッソの抽出理論の基本設定値が、レバーピストン式エスプレッソマシンを開発したアキーレ・ガジアが1947年に決めて以来、70年経った現在でも変わっていないということ(一杯当たりのコーヒー豆の量は変わっている)。豆の量による違いはあるが、日本でいう戦後に理論的完成が成されているというのは、様々な器具が登場するフィルターコーヒーと大きく違っている。

 

プロにとっては当然のことが、丁寧にわかりやすく幅広く書かれているということは、対象とする読者のレンジの広さ、基本図書としての重要性の高さを示している。知ったかぶりするとしてもこれくらいの知識は押さえておきたいし、しっかり実践すれば、ただの知ったかぶりは脱することができそうな“楽しい”コーヒー教本。

 

年末に紹介した3冊をおさらい

種が変われば食が変わる?「ブルーヒル」のシェフたちと辿る、食の起源と未来>
『食の未来のためのフィールドノート』ダン・バーバー(NTT出版)

 

「おいしい!」を禁句にしたら、あなたはその味をどう表現しますか?>
『ふわとろ SIZZLE WORD』B・M・FTことばラボ(B・M・FT出版部)

 

年末年始に読みたい“おいしい絵本”。ホットケーキはどうやってできるの?>
『ホットケーキ できあがり!』作:エリック・カール 訳:アーサー・ビナード(偕成社)

PROFILE

山口博之(やまぐち・ひろゆき)

編集者/ブックディレクター

1981年仙台市生まれ。立教大学文学部卒業。大学在学中の雑誌「流行通信」編集部でのアルバイトを経て、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務後、16年まで選書集団BACHに在籍。公共空間からショップ、個人邸まで行うブックディレクションをはじめ、編集、執筆、企画などを行ない、三越伊勢丹のキャンペーンのクリエイティブディレクションなども手がける。最近の仕事に、新木場のコンプレックススペースCASICAのブックディレクション、小説家阿部和重のマンガ批評『阿部和重の漫画喫茶へようこそ!』の編集など。