ブックディレクター 山口博之さんが、さまざまなジャンルより選んだ、「食」に関する本、4冊をご紹介。子どもむけの絵本から専門書まで、それぞれの視点で綴られる食にまつわるエトセトラは、読めば食べることがもっと楽しくなるはず。家でくつろぎながら、または帰省のあいまに、年末年始の課題図書として“おいしい読書”を楽しんでみては。

 

第2回におすすめしてくれたのは、「ファーム・トゥ・テーブル」を掲げ、食材への深い関心と愛情をよせる、ニューヨークのレストラン「ブルーヒル」のシェフ兼共同経営者による10年間の記録。食材を通して、訪れるであろう食の未来を考える。

『食の未来のためのフィールドノート』ダン・バーバー(NTT出版)

2018年4月1日、1952年に制定され、コメや麦、大豆などの主要作物について、優れた種子の安定的な生産と普及、ひいては食料の確保を国が果たすべき役割として定めた法律「種子法(主要農作物種子法)」が廃止される。その結果、種子の品種開発等を民間へ委ねることになり、効率化優先で在来種などの多様性が失われてしまうのではという懸念の声も上がっている。

『食の未来のためのフィールドノート』は、「ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)」を謳い、味はもちろん種類や生産方法、産地、生育環境など徹底した食材への深い関心を持つニューヨークのレストラン「ブルーヒル」のシェフ兼共同経営者による、真においしい持続可能な食をめぐって考え、調べ、話し、試し、料理した10年間の記録。ダンのレストラン、ブルーヒルにはメニューがない。野菜から肉まで採れる自前の農場産を始め、その日調理可能な食材のリストだけが提示され、後はシェフのおまかせで料理を味わうお店だ。

 

上巻は、土をテーマに食の中心にいる小麦と土壌の話と、大地をテーマに、放牧された天然のフォアグラづくりや、人間が食べられないほど日々大量に生産されるチキンが取り上げられる。下巻では、海をテーマにクロマグロや理想的な養殖の現場、持続可能な魚介について各地を訪れ、種子のテーマではそのままずばり種子や「緑の革命」など単一栽培がもたらした弊害が語られる。

 

こうしたテーマを取り上げると、社会への問題提起ばかりでどうにも暗いのではと思う人がいるかもしれないがとんでもない。著者のダン・バーバーは様々な出会いの中で、食材となる生命をつくるまえに土をつくり、海をつくるような、未来へつながる生産者と共に仕事をしていく。その経験はいつも驚きとおいしい喜びに溢れている。「僕たちシェフは自然主義者でもある。あまりエラそうなことは言いたくないが、シェフは自然界をわかりやすく理解してもらうためにかなりの貢献ができる。おいしいニンジンは育った土壌の状態について教えてくれるし、放牧ラムは羊が食べた草について知る手がかりになる。こうした食材を使ってていねいに調理された自然界における結びつきを強烈に表現していると言ってもよい。」

 

星の付くシェフやレストランは、食の流行り廃りの発信源にもなる。種子法廃止後、日本人の食料が経済原理で動くならその命運の一端は外食が担うことになる。ダン・バーバーのようなシェフであり経営者が増えてほしいな、ブルーヒルでの食の経験は違う未来を感じられそうだなと、読後お腹が空いてきた。

 

年明けに続く。

PROFILE

山口博之(やまぐち・ひろゆき)

編集者/ブックディレクター

1981年仙台市生まれ。立教大学文学部卒業。大学在学中の雑誌「流行通信」編集部でのアルバイトを経て、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務後、16年まで選書集団BACHに在籍。公共空間からショップ、個人邸まで行うブックディレクションをはじめ、編集、執筆、企画などを行ない、三越伊勢丹のキャンペーンのクリエイティブディレクションなども手がける。最近の仕事に、新木場のコンプレックススペースCASICAのブックディレクション、小説家阿部和重のマンガ批評『阿部和重の漫画喫茶へようこそ!』の編集など。