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東京の食文化を国内外に発信する祭典「Tokyo Tokyo Delicious Museum 2023」。その特別企画として5月21日に開催されたのが「江戸前進化論-Evolution of Edomae, Ten-Hands Dinner-」である。
そもそも江戸前はどう進化を遂げたのか?

江戸時代の初期まで、食事は質素な一汁一菜を自宅で取るのが一般的だった。契機となったのは1657年に発生した明暦の大火。復興のため全国から集まった職人や、家をなくした被災者のために屋台が増えはじめ、やがて世界にも類のない外食文化へと発展する。代表的なのが、江戸の4大名物とされる寿司、天ぷら、そば、鰻だ。
「かつての4大名物は今も変わらず東京の食シーンの中心にありますが、一度に楽しむのは難しいものです。そこで東京を代表するレストランのシェフたちに、これらの4大名物を1つのコースとして表現してもらいたいと考えました」 。そう話すのは「Tokyo Tokyo Delicious Museum 2023」江戸前進化論のプロデューサーであり「食べログ グルメ著名人」でもある実業家、本田直之氏。

キッチン奥の壁に映し出されるのは、江戸時代の屋台などが描かれた浮世絵である。「昔の寿司はこんなに大きくて、しかも屋台で食べていたのか」など、主に海外からのゲストに向けて「学びと体験を合わせることで、江戸前の伝統や進化について少しでも考えてもらいたい」と、日本の食文化を発信する狙いだ。


2022年アジアナンバーワン「傳(でん)」が提案する肩肘張らないおもてなし料理

江戸時代中期に吉原の煎餅屋が考案した干菓子であり、次第にあんこが挟み込まれるようになった最中。それを「和菓子の甘さは干し柿をもって最上とする」といった和食の伝統などから着想を得て、柿餡を詰めた斬新な「傳最中」としたのが長谷川在佑氏だ。西京味噌に漬け込むことで脂ののった魚をマイルドにする技法を、具材のフォアグラに応用。いぶりがっこをアクセントに、スモーキーさと豊かな食感もプラスしている。

2022年「アジアのベストレストラン50」で第1位に輝くなど、革新的な料理で世界的な評価を集める長谷川氏だが、その根底にあるのは修業先の「うを徳」で培われた江戸前の哲学だ。緊張をほぐすための一品として考案された名物「傳タッキー」に、懐石料理の先付けのあとに出る「御凌(おしの)ぎ」としての役割を持たせた話題をはじめ、伝統とユーモアを交えた料理についての解説でもゲストたちの心を和ませた。

正統派の技法を駆使してシンプルに江戸前のおいしさを表現した「鮨 まつうら」

水産会社勤務を経て寿司職人に転身、修業先の「鮨 銀座 おのでら」ではハワイやロサンゼルスの新店立ち上げを歴任するなど経験豊富な松浦氏。独立から間も無く、ミシュラガイドで星を獲得したことからも伝わるように、その実力は数貫の握りで江戸前の「伝統と今」を表現できるほどに卓越している。

あえて浸水させず強火の羽釜で炊いた「こしひかり」は、しっかりとした食感。江戸前の定番、横井醸造の米酢と赤酢をブレンドしたシャリで魚の味わいを引き立てる。
甘く煮たかんぴょうを濃厚なあん肝と合わせた巻物、赤むつ(のどぐろ)の焼き物をのせた一口サイズのどんぶりなどでもオリジナリティを発揮。味付けには、江戸で醤油が普及する前まで代表的な調味料だった煎り酒(梅干し、鰹節、塩などを酒で煮詰めたもの)を用いるなど、温故知新の技も光っていた。

進化し続ける揚げの妙技で江戸から変わらぬ粋な味を追求する「天ぷら 元吉」

「昔の江戸前の仕事は胡麻油を多用していました。胡麻の香ばしさで魚介類の鮮度を隠し、旨味を引き出していたんです。それだと、野菜を揚げた時に素材の香りが飛んでしまうので……」と、素材の風味を活かす油の配合を、天ぷらを華麗に揚げながら説明する元吉氏。

「ラッキョウのすりおろしを白身の天ぷらにかけた」という江戸時代の記述をもとに、ラッキョウと天つゆ、それぞれの味付けでキスの天ぷらを食べ比べできる一皿も登場。揚げ油の中に水を入れて焼き魚のような香ばしさを引き出す斬新なテクニック、衣のサクサク感はそのままに粗熱だけを取る自作の器具「北風」といった、多岐にわたる話題と料理でゲストを喜ばせていた。

庶民と殿様、異なるアレンジで江戸前の伝統に花を添えた「おそばの甲賀」

江戸前そば御三家のひとつ「室町 砂場 赤坂店」にて14年半も技術を磨いた甲賀氏。独立後は埼玉県三芳町の契約農家などから厳選したそば粉を取り寄せ、石臼によるひきたての味と香り、そば本来の淡いうぐいす色を追求し続けてきた。

イベントでは、かつて殿様への献上品とされた「御前蕎麦」を参考にして、そば粉に大葉を練り込み「もしも現代に御殿様がいらっしゃったら、こういった料理が喜ばれるのでは?」との発想からキャビアを具材とした。現代的な市民の味「すだちそば」と対にすることで、二極化しながら進化し続ける東京の食を表現したのだろう。

資源問題を解決するために新しい江戸前を追い求める「鰻はし本」

バックパッカーやDJを経て鰻職人となったという、異色の経歴を持つ橋本氏。中央大学法学部の海部健三教授と共に「うなぎの未来の相談会」を開催するなど、限りある資源と向き合いながら日本が誇る伝統食の発展に力を注ぐ。
「この鰻が僕にとっての江戸前です」と太鼓判を押すのが、天然以上の味わいと評判のブランド「横山さんの鰻」。霧島山系由来の美しい湧き水で大切に育てられており、雑味や臭みを全く感じさせないのが特徴だ。

「江戸時代の中期に江戸さき包丁が登場するまで、鰻はぶつ切りで骨付きのまま提供されていたんです」と橋本氏。水辺に群生する植物・蒲(ガマ)の穂に似ていたことから「蒲の穂焼き」と呼ばれた調理法である。昔ながらのワイルドな食べ方だが、だからこそ「横山さんの鰻」のピュアな鰻の風味が際立っていた。

江戸前の4大名物を味わいながら、進化を続ける日本食の一端を垣間見ることができた今回のイベント。海外から多数のメディアが取材に訪れており、アフターコロナにおける世界的な注目度の高さもうかがい知ることができた。

イベントプロデューサーの本田氏は「日本人が考えている以上に、日本人の食に対する思いはものすごいんです。それをもっと世界中の人たちに体験してもらいたい。今回、海外からのゲストは35%くらいでしたが、いずれは100%にしたいと考えています」と、これからの目標についても語っていた。こうした日本食の魅力を発信するイベントも、インバウンド需要の拡大と合わせて進化を続けていきそうだ。
撮影:佐藤潮
文:佐藤潮、食べログマガジン編集部