店は札幌駅〜大通エリアのど真ん中

その名は「鮨 しょう太」。札幌市中心部、 札幌駅や時計台からも近いビルの地下1階へ下りる。引戸を開ければガラリと空気が変わり、白いアプローチの奥はカウンター8席の空間だ。

付け場に立つのは北海道出身の小田将太さん一人。 2022年春まで、銀座でマグロのうまさで名を馳せるあの店の大将を務めていた。

小田将太さん37歳、銀座で20歳から鮨一筋

小田さんは北海道 登別市生まれ。 地元の調理専門学校を卒業して20歳で上京。「銀座久兵衛」で修業を始め、その後の経歴も 「鮨 かねさか」「銀座いわ」「鮨 とかみ」 と銀座の人気鮨店揃い。北海道生まれ、江戸前育ちの職人だ。

聞けば久兵衛でみっちり5年働いた後「鮨 かねさか」ではシンガポール店の立ち上げを担当。 一つの店を開く経験に加えて英語の接客も実地で身につけて帰国し、そこも買われて「銀座いわ」では27歳で別館のカウンターに立つように。その後「鮨 とかみ」の当時の大将、現在「はっこく」を営む佐藤博之さんの誘いで同店へ。小田さんは佐藤さんが独立後、30歳で「鮨 とかみ」の大将となり、36歳で札幌へ移住するまで勤めた。

“マグロ推し”の思いとは

中トロ握り。赤酢のシャリは2種を使い分ける

今では想像しにくいが、以前の小田さんはマグロを単なるネタの一つと感じていた。「イメージがまるっきり変わったのはマグロ専門仲卸『やま幸』の存在が大きいです。お話を聞いたり、同業の仲間とおいしいマグロを食べ歩くうちにマグロが大好きになりました。今じゃお客さんにうまいマグロをお出ししたくて仕方がないんです」(小田さん)

口中でほぐれて消える大トロ握り

赤身はなめらかで香りがあり、うまみの余韻がじんわりと長く続く。今までの品質にこだわって、マグロをはじめ多くの魚を豊洲から仕入れているそうだ。握りの前には「鮨 とかみ」で名物になったマグロの手巻きも出すという。

きめ細かな赤身のヅケ握り

「仕事もの」の心構えであつらえる料理

おまかせ一本の「鮨 しょう太」で、握りと並ぶ楽しみが一品料理。写真は蒸したシャリと焼いた鱈の白子を味わう「柚子釜の飯蒸し」。この小さな一品に合わせてシャリを別途調整するあたりは、尊敬する和食店「銀座 しのはら」で修業した小田さんらしい手のかけようだ。「お料理にも、江戸前の仕事ものと同じように一手間かけています」 (小田さん)。飲み物リストはまだ非公開だが、日本酒以外も取り揃える。「基本はお好きなものをお好きなように。お好みを伺いながら、旬のお酒をその日のお料理に合わせてお出しします」とのことだ。

よく混ぜてリゾットのように味わう「柚子釜の飯蒸し」

お品書きは昼夜共通、30,800円のおまかせ1コースのみ。おまかせの内容や出順はその日により変わる。今回の握りでハッとしたのがシャリのうまさ、そしてネタとシャリが同時にほぐれていくシンクロ感だ。赤酢のシャリは北海道米を選択し、合わせ酢を緻密に調整。米は大粒でほろりとほぐれて酢のなじみがよく、 とても気に入っているという。

小田さん「札幌に来て、日々の暮らしのゆとりを感じています」

輝かしい一流店の並ぶ銀座で仕事に励み、顧客に愛され、銀座特有の同業仲間の輪の中にいた小田さん。北海道に戻ることに迷いはなかったのだろうか。

「親しい同業者は『小田君が独立するなら銀座でしょ』と。その通りだと思いつつ、北海道の雪の中や原っぱでのびのび育った僕らは、やっぱり札幌がよかった」(小田さん)。「札幌は本当に暮らしやすい街ですね」という女将の陽香さんは調理師として飲食業勤務の経験があり「鮨 とかみ」でホールの仕事もしていたという。

これからやりたいことは、と尋ねると「北海道らしく山菜やキノコを採りに行ってみたいね」 と、夫婦の会話は朗らかそのもの。さっぱりした気性、小気味よい手さばきの大将に、きびきびとして笑顔のいい女将。二人の爽やかさが、生まれたての店にもう人間味を与え始めている。

この店が札幌にどんな風を吹き込むか。見届ける客になるなら、まさに今だ。

※価格は税込。

※外出される際は人混みの多い場所は避け、各自治体の情報をご参照の上、感染症対策を実施し十分にご留意ください。

※営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるため、最新の情報はお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

取材・文/深江 園子(Office YT)
撮影/津田 明生子