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肩ひじ張らない、誰もが楽しめる極上のビストロ
オーナーシェフを務めていた店を弟子に任せ、自身は飲食店のコンサルタントや後進育成に力を入れていた水口一義シェフが、茅場町・八丁堀に新たに店をオープンさせた。シェフ一人で切り盛りする「O-Bouche(オーブーシュ)」は、カウンター6席、テーブル席2つと規模は大きくないが、気軽に水口シェフの料理を食べられると早くも話題になっている。
水口シェフは、フレンチ世界大会の日本代表を務め、その後はオーナーシェフを務める店が星を獲得。2018年に第一線を退いたときはグルマンたちの楽しみが一つ消えてしまったと言われたものだ。
メニューは大枠のみ。その日の食材に合わせた最高の一皿を
「O-Bouche」はそんな水口シェフが、改めて自分が作りたいものだけを作り、客には食べたいものを好きなように食べてもらおうとスタートさせた店。
これまでのシェフ人生で培ってきた、全国各地の生産者たちとの繋がりによって入手した選りすぐりの食材をもとに、その日だけの一皿を提供していく。そのためメニューは、基本はアラカルトだ。
とはいえ料理を提供するのは、あの水口シェフである。シェフのお任せに委ねたいという客も多く「一応、用意した」というコースを頼む人も多いそうだ。コースは前菜、サラダにメインといったアウトラインは決まっているが、週に数回届く直送野菜などの食材をもとにその日ごとに変わるため、毎回異なる味わいを楽しむことができるだろう。
シェフの技術とオリジナルが詰まった前菜盛り合わせ
コースはあるものの、やはりおすすめはアラカルトでの自由な食事だろう。その中でも押さえておきたいのが、ほとんどの客が注文する「本日前菜盛り合わせO-BOUCHEスタイル」だ。5種類の前菜を盛り合わせた一皿で、その日にある前菜の中でもおすすめのものが並ぶ。
この日は「もち豚ポークリエット」「なめらかなレバーパテ」「豚ミミ、ホホ、タンで作ったテリーヌパセリ風味」「霧島サーモンマリネ」「自家製カラスミ」の5種。どれも単品でも楽しめる人気の前菜だ。
テリーヌは、新鮮なパセリの風味が豊かで、ごろりと入った異なる部位の肉が満足感を高めてくれる。このテリーヌはもちろん、店で出るほとんどのものが自家製で、カラスミも自家製だという。取材前日に仕上がったもので、これから数日でさらに味に深みが出てくるとのことだが、ほどよい塩味と下に敷いた石割農園のカブの瑞々しさがカラスミの味を引き立てていた。
ごろごろ肉が詰まったソーセージとチリビーンズでお酒も進む
アルコールに合わせて、ボリューム感のある一品をご希望なら「手づくりソーセージ」は外せない。自家製のソーセージは肉感があり、もち豚の脂の甘味がじわりと広がる。添えられたタスマニア産のマスタードと合わせると、ぷちぷちとした食感と共に爽やかな風味が相まって、より一層、肉のうま味を楽しむことができた。
特に感動したのが下に敷かれたチリビーンズだ。「フレンチでチリビーンズ?」と驚くなかれ。それこそが水口シェフの感性といえる。フレンチにこだわることなく、届いた食材から仕上げたソーセージに一番合うものを考えた結果のチリビーンズだ。辛味を抑えたチリビーンズなので、ソーセージと一緒にいただくとマスタードとはまた違った味わいに変化し、結構な大きさだがするりと食べることができてしまった。
なお、ソーセージがメニューにある場合でも、添えるものがチリビーンズとは限らない。何がどのようにアレンジされていくのか。それこそがこの店の楽しみ方だ。
舌触り抜群の蝦夷鹿肉のロースト
この日の水口シェフおすすめのメインは、蝦夷鹿肉だった。北海道で狩猟を営む親せきから上質な鹿肉を送ってもらっているため、品質は折り紙付き。送られてくる部位に合わせて熟成期間や保存方法を変え、その日一番状態の良いものを提供している。
取材した日は、お尻の部分の肉がよい具合に仕上がっていたということで、ローストでいただいた。
塩を振らずに低温で時間をかけて焼くことによりしっとりと仕上がった蝦夷鹿肉は、驚くほどやわらかく上品で、それでいて鉄分を含んだ野性味も残っている。もともとジビエの中でもクセの少ない鹿肉だが、肉本来のおいしさをじっくりと堪能できる一皿だった。
水口シェフが店をオープンするにあたり、これまで繋がりのあった全国各地の生産者から選りすぐりの食材を仕入れていることはすでに述べたが、最高の仕上がりを見せている鹿肉と同等の存在感を出していたのが、これらの野菜で作られた付け合わせだ。
サクッとした菊芋は、ピリリとした青唐辛子の辛味がアクセントとして加えられており、鹿肉を一層おいしく食べることができる。添えられた赤ワインのジャムも鹿肉との相性が抜群だ。
まるで鹿肉のためにあつらえたかのように感じていたが、水口シェフが言うには「こちらからは、食材は指定していない。先方が良いものを送ってくれるので、それを見て今日はどんなメニューにするかを考えている」そうだ。質の高い食材を生み出す生産者との信頼関係で「O-Bouche」は成り立っているのだろう。
自然派ワインに焼酎、日本酒。好きな酒で楽しむフレンチ
そんな水口シェフの料理に合わせるのは、自然派ワインがいい。自然派のワインとして話題を集めるようになる前から着目していたことから造詣が深いのだ。
どのレストランでもそうだが、自然派ワインは一期一会なので、そのときにしかないものが多い。グラスワインも、水口シェフがその日の品揃えやメニューから決めているので、どんなワインに出会えるかはタイミング次第といったところだ。
なお、水口シェフが「好きなお酒だけを置いた」と言うように、自然派ワインに限らずこだわりぬいた日本酒や焼酎、ウイスキーなどのハードリカーも揃っている。
料理人歴40年のシェフが辿り着いたのは「自分の作りたいものを作るから、お好きなように食事を楽しんで」というものだった。
※価格はすべて税込。